『Lilian/stay night?』

 

■第7章:12月14日(土) 17時31分 福沢祐巳/『監督者』

「私は神父の言峰綺礼。以後、見知りおき願おう」

 神父の言峰綺礼。目の前に立っている男性は自らを神父と名乗った。ということは、神様にお使えする聖職者なわけ

だが、不吉な雰囲気さえ漂う男性の風貌からそれを連想するのはとても難しかった。

「では、言峰神父。改めて尋ねますけれど、あなたが聖杯戦争の監督者なのかしら?」

 だが、目の前の男性が神父であったという事実に取り立てて驚いた様子もなく、祥子さまは淡々とした口調で尋ねた。

「私か? 私は……」

 無精髭を生やした口元を不気味に歪ませ、言峰神父が何かを言おうとしたときだった。

「綺礼、戻ったの?」

 館の扉の中から声が響いてきた。

 言葉を切って扉へ視線を向ける神父につられて祐巳たちも声がした扉へと目を向けた。

ギギィ……。

 古びた木製の扉が音をたてて開かれると、そこにはひとりの女性が立っていた。リリアンの制服を着ているところをみ

ると在校生の山百合会幹部のように見えるけれど、実は聖杯戦争運営委員会的な組織の人だったりするのだろうか?

「ああ、今戻った」

 そう言うと言峰神父は、「頼まれていた物だ」と持っていた紙袋を女性の目の前へ差し出した。

「ご苦労様」

「まったく、私はお前のお使いをするためにここにいるわけではないのだがな」

「まあ、あれよ。立っている者は親でも使えってね。それに、あなたもあそこのセイロンは美味しいって言っていたじゃな

い?」

 そう言いながら女性は紙袋を開け、オレンジ色の四角い缶のBOXを取り出した。祐巳の位置からではそれが何なのか

良く見えなかったが、先ほどの会話の中にセイロンという単語が混じっていたので、おそらく紅茶の茶葉なのだろう。

「ところで」

 女性はしばらく四角い缶を満足げに眺めていたが、不意に目だけを上げると祐巳たちの方へと視線を向けてきた。

「そちらにいるのはどちら様かしら?」

 ずっと言峰神父とばかり会話をしていたので、もしかしたら自分たちの存在に気付いていないのではないかと不安に

思っていたのだけれど、とりあえず祐巳たちのことを認識してはいてくれたようだ。まあ、言峰神父と並んで立っていたの

で、意図しない限り気付かない方が難しいわけだけれど。

「え、あ、はい。私たちは……」

 視線を向ける女性と目が合った瞬間、祐巳は蛇に睨まれたカエルのように身体が硬直してしまった。言峰神父のよう

な威圧感が湧き出ているわけではなかったのだけれど、どこまでもまっすぐで隙のない女性の瞳には、思わず背筋をピ

ンと伸ばしてしまうような迫力がある。喩えるのならば、数学の授業で回答者を模索するように教室を見回す先生と目が

合ってしまったときような感覚。……いや、何か違うか。

「聖杯戦争に参戦するスールだそうだ」

 なんとか口を動かして、祐巳が女性の問いかけに答えようとしたときだった。祐巳の言葉を遮るように言峰神父が素性

と用件を端的に告げてくれた。

 一瞬、なんであなたが答えるのかとムッとした祐巳だったが、冷静に考えると先ほどの問いかけは、祐巳ではなく言峰

神父に向けられたもののようにも思える。だとしたら、答える気満々で緊張までした自分がちょっと恥ずかしい。

「あら、スールだったの」

 そう言うと女性は、缶を戻した紙袋を小脇に抱えて祐巳へと歩み寄った。そして、しなやかな指で祐巳の顎を摘むと自

らの顔に近づけ、まるで値踏みでもするようにまじまじと祐巳の顔を観察した。

「ふーん」

「あ、あの……」

 今まで、相手の吐息が感じられるほどの至近距離で誰かに顔を見つめられた経験など1度もなかった祐巳は、緊張と

いうより、形容しがたいへんな気分になり、寒中だというのに背中にうっすらと汗をかいた。

「ずいぶん可愛らしい参加者だこと」

 まっすぐ見つめてくる女性と目を合わせるのがとてつもなく気恥ずかしくて、必死になって視線を泳がせる祐巳。一言

「やめてください」と言えばやめてもらえたかもしれないが、何故か声が出せなかった。

「ちょっとあなた!」

 どうしたらいいのかわからず、思わず両目をぎゅっとつむったときだった。今まで無言で成り行きを見守っていた祥子さ

まが強引にふたりの間に割って入り、語気を荒げると祐巳の顎に添えられていた女性の手を勢い良く払いのけた。

「妹を侮蔑するような言動は姉の私が許しません」

 今までずっと穏やかな表情を絶やさなかった祥子さまが初めて見せる険しい表情。ギッと女性を睨みつける姿は、怖

いというよりもある意味でショッキングだった。そのショックのせいで祐巳は、まだスールの契りも交わしていないにも関

わらず、祥子さまが祐巳のことを妹と呼んだことに気付くことが出来なかった。

「あら、侮蔑なんてしていないわよ。ちょっとしたスキンシップじゃないの」

「スキンシップですって!? いつから人を不快にさせるような行為のことをスキンシップと言うようになったのかしら?」

 言って、ずいと一歩前に出る祥子さま。まさに一触即発な雰囲気。その背後で当事者の祐巳はというと、どうしたらい

いのかまっとくもってわからず、祥子さまと女性の顔を交互に見ながら「あわわ」と口走ることしか出来ずにいた。

「ふふ、良い顔をするわね。あなた、私の好みだわ。でも、もう少し肩の力を抜かないと最後までもたなくてよ、ブゥト

ン?」

 ブゥトンという謎の言葉と共に意味ありげな笑みを浮かべえると、女性は戦意はないとばかりにクルリと背を向けてし

まった。それでも祥子さまは険しい顔をしていたけれど、女性が舞台を降りたことで、張り詰めていた緊張の糸は若干緩

んだ気がした。

(良かった)

 ひとり胸を撫で下ろしながら祥子さまを見ると、まだ祥子さまは険しい表情で女性の背中を睨みつけていた。

「冗談の通じないあなたをからかうのも面白いのだけれど、身体も冷えてきてしまったし戯れはこのくらいにしましょう」

 肩越しに振り返ると、睨んでいる祥子さまを挑発するように女性はパチリとウインク。まるで睨んでいる祥子さまなんて

見えていませんと言わんばかりにバレリーナよろしく華麗にターンすると、祐巳たちの方へと向き直った。

「では、改めまして。聖杯に選ばれしスールよ、薔薇の館へようこそ。私は山百合会幹部のひとり、水野蓉子。今回聖杯

戦争の監督者も任されているので、以後、お見知りおきお願いね」

 そして、流れるような動作でスカートの裾をちょんとつまみ上げると、うやうやしく頭を下げた。

「水野、蓉子、さま」

 祐巳が呟くと、蓉子さまはニッコリ笑んで頷いた。水野蓉子さま。ハッキリと顔を覚えていたわけではなかったけれど、

その名前には聞き覚えがある。確か新入生歓迎会ときにオメダイをくださった人、だったか……。

「込み入った話をするにはここは寒すぎるし、とりあえず館へ入りましょ。茶葉も届いたことだし、あったかいセイロンティ

ーでも飲みながらお話ししましょ」

 そう言うと、蓉子さまは祐巳たちに手招きをし、笑顔のまま先立って薔薇の館へと入っていった。

「あの、祥子さま。入れとおっしゃっていますけど……」

「ええ」

 動く気配のない祥子さまを促すよう控えめに声をかけると、ようやくその表情が緩んだような気がした。それでも少し表

情は強張っていたけれど、押し黙ったまま眉間にシワを寄せられているよりは幾ばくかマシだった。  

(それにしても)

 祐巳がからかわれたことが発端で機嫌が急変した祥子さま。一体何がここまで祥子さまの怒りに火をつけることになっ

たのか。隣りを歩く祥子さまの横顔を眺めるだけでは、その原因はまったくわからなかった。

 

 

第8章へつづく

  

 約1ヵ月ぶりの更新。前回より2ヶ月も早い更新ではありますけれど、かなりお待たせしてしまったことには変わりないで

すね。あいもかわらず牛歩更新でゴメンナサイです。

 ようやく、忙しい時期がすぎましたので、これからしばらくは、あまりお待たせせずに更新出来ると思います。と言いつ

つ、ずっとプレイ出来ずに積んでおいた『シュタインズゲート 比翼恋理のだーりん』もプレイしたいので、20日に1回くらい

の更新になってしまうと思いますけれど。うーん、重ね重ねゴメンナサイ。たぶん、組織の陰謀です(笑

 

 さて、ゲストキャラの言峰綺礼に続いて、今回、水野蓉子さまも登場しました。ちょっと性格が意地悪すぎるかなと書い

ていて思わなくもなかったんですけれども、曲者の綺礼とつるむので、あえて刺激的(?)なスパイスをきかせてみまし

た。意味深な発言もあったりなかったりしましたし、今後綺礼共々どんな活躍を見せるのか。是非ともお楽しみに。

 

 

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