『Lilian/stay night?』

 

■第6章:12月14日(土) 16時00分 福沢祐巳/『薔薇の館』

「で、祥子さまとスールになって、聖杯の奪い合いをすると」

「そう」

 移動中のバスの中で、御伽噺のような話を延々と聞かされた。スールのこと、聖杯戦争のこと、聖杯を得ると願いが叶

うこと……。

 さり気なく手はずっと握りっぱなしだったのだが、明かされた真実があまりにも衝撃的すぎて、浮かれ気分が一気に半

減してしまった。スールって、憧れのお姉さまとのキャッキャウフフな関係じゃなかったんだ……。

「生命を賭けた聖杯の奪い合いだなんて怖すぎます。……けれど、あまりにも現実離れしすぎてて、にわかには信じられ

ないかも。何ていうか江戸川乱歩の伝奇小説みたい」

 祐巳は、恐怖で引きつった顔になんとか笑みを浮かべると、思ったままの感想を述べる。

 まだ事態を客観的にしか見ることが出来ていない祐巳にとって語られた内容は、恐怖は恐怖でも所詮は対岸の火事。

スール伝説に隠された真実は十分に恐ろしかったが、まだ小説の中で起こっている間接的な恐怖でしかなかった。まっ

たく現実味がわかなかいので、自分の置かれている立場を主観的に見ることが出来ない。自分もその聖杯戦争の渦中

に片足を突っ込みかけているという現実を自覚することが出来ない。

「これは江戸川乱歩の創作なんかじゃない。ほら、事実は小説より奇なりって言うでしょ? サーヴァントとして召喚され

た私がここにいることが何よりの証拠だし、あと数日もすれば嫌でも他のスールと対峙することになる。あなたが信じよう

と信じまいと関係なく敵対勢力としてね」

 祐巳と対照的に祥子さまの顔に笑みは浮かんでいなかった。確かに、なんのタネもトリックもなしに突然祥子さまが現

れたことを説明する手立てを、祐巳は見つけ出すことが出来ない。かと言って、すべてを鵜呑みにするには話しがちょっ

と胡散臭すぎなわけだが、それでも、現状であれこれ考えても自分を納得させられる回答を得られないことがわかってい

る以上、真剣に考え込むのは時間の無駄。祐巳は真相の解明を棚に放り上げて、とりあえず目の前で進行中の"今"に

だけ目を向けることにした。

「そういえば、祥子さまは召喚されて来たとおっしゃっていましたけれど」

「ええ、そうよ」

 車内の暖房が少し暑かったのか、祥子さまはハンカチを取り出すと、それを額にあてながら答えた。

「えーっと、具体的にどこからいらっしゃったんですか? 天界ですか?」

「は?」

 真顔で尋ねた祐巳の目の前で、祥子さまはきょとんとした。

「どこって。……祐巳、あなたって奇妙なものの聞き方をするわね」

「え、奇妙、ですか?」

 どこが奇妙だったんだろうと、きょとんとしている祥子さまを見つめながら祐巳もきょとんとしてしまった。

「私は、70年前のリリアン女学園高等部に通う小笠原祥子。当時の山百合会で幹部を務めていた3人のうちのひとり。今

回、聖杯戦争に参加すべく聖杯にサーヴァントとして選ばれ、ロサキネンシスのクラスを戴いて召喚。あなたのスールと

して現臨した」

「ああ、やっぱりリリアンの学生さんだったんですね」

 リリアンの制服を着てはいるものの、サーヴァントとかロサキネンシスとか聞きなれない単語ばかり聞かされていたの

で、リリアンとの関係が気になっていたのだが、なるほど、祥子さまもリリアンの学生さんでしたか。これで、自分と同じ制

服を着ていたことに合点がいった。が。

「ロサキネンシスとおっしゃっていたから、てっきりリリアンを守護する聖乙女が天から降りて来られたのかと思っていまし

た。……って、70年前から来られた!? 一体どうやって?」

 疑問の答えと同時に投げかけられた新事実に、祐巳は身体が仰け反りそうになるほどのオーバーアクションで驚いて

しまった。

 幸い車内にほかの乗客の姿はなかったので、悪い意味で注目を集めなくて済んだが、隣りに座る祥子さまはちょっと

だけ険しい表情をしていた(ように思えた)。

「何よ大げさね。もしかして、わざと?」

「いやいやいや、とんでもない。大真面目に驚いてるんですよ!」

 ジト目で見つめる祥子さまに向かって盛大に両手を振って否定する。その拍子に、せっかく繋いでいた手も離してし

まった。

「70年前から、ですか……」

 口にするだけだと、単なる70という数字に過ぎないけれど、実際の70年という時間は途方もない月日の積み重ね。そ

の途方もない時間を、一跨ぎで越えて来たと言われても想像するのが難しい。人生に換算すると、赤ちゃんがおばあ

ちゃんと呼ばれてしまう年齢になってしまうほどの時間の経過なのだから。

「それにしても、70年前から来られたにしてはお若いですね。まるで10代、現役の学生さんみたい」

 まだ祥子さまが70年前から来たという衝撃から抜けきれてはいなかったが、驚いてばかりでは話にならない。祐巳はぎ

こちなく笑みを浮かべると話しを進めたのだが……。

「は?」

「え?」

 刹那、場の空気が凍りついた。

「どうかされました、祥子さま?」

「…………私18歳よ」

「18歳なんですか。お若いですね。全然18歳には見えな……。え? ええええええぇ! 私の1つ上ですか!? でも、70年

前から来たって……」

 70年前の時代から召喚されたからといって、年齢まで70年分重ねるわけではない。少し考えればわかりそうなことだ

が、そのことに気付いていなかった祐巳は、再び身体が仰け反るくらい盛大に驚いてしまった。もちろん大げさに振舞っ

たわけではなく、本人的には大真面目に。

「祐巳、これ以上意地悪なことを言うと、本気で怒るわよ」

「え、意地悪?」

 いや、そんなつもりはと言いかけたのだが、祥子さまは完全にご機嫌ナナメ。そっぽを向いて車窓の外の景色へと目

を向けてしまった。

(え、なんで?)

 わけもわからず戸惑う祐巳。だが、この気まずいムードのまま行動するわけにもいかない。なんとか祥子さまの機嫌を

とらなければ。

(どうやって?)

 考えても妙案は浮かんでこなかったので、祐巳は、自分が大好きなスイーツや紅茶の話、コンビニの鍋焼きうどんの

話などなど、まったく関係のないありとあらゆる話題を思いつく限り投げかけてみた。

 そして、そんな苦労が報われてどうにかこうにか祥子さまの機嫌が戻りかけた頃、タイミングよく車内アナウンスがリリ

アン女学園前停留所への到着を告げた。

 

 今日から試験休みなので、学園の正門は閉ざされていた。祐巳たちは、正門の脇にある守衛さんの詰め所へ赴き、窓

口で学生証を提示。おじいちゃんの守衛さんに確認してもらって学園内へ入れてもらった。

 リリアンの制服とスクールコートを身につけていた祥子さまも、リリアンの学生として疑われることなく正門をくぐることが

出来た。

 厳密に言うと祥子さまはリリアン在校生じゃなかったので、少しだけ罪の意識に苛まれたり苛まれなかったりしたけれ

ど、守衛さんに「祥子さまは70年前の生徒なんですよ!」と正直に伝えたところで信じてはもらえまい。祐巳は心の中で

守衛さんに両手を合わせて詫びを入れつつ門を通った。

 

 試験休みということで校内に生徒の姿は皆無に等しく、学園内は静まり返っていた。夕暮れが近いこともあり、なんとな

物寂しい雰囲気すら漂っている。

 歩きなれた並木道をふたり並んで進んで行き、マリア様の像の前で立ち止まると、示し合わせたわけでもなく、ふたり

同時に手を合わせた。どうやら、今も昔もお祈りの習慣に変わりはないらしい。

「……」

「……」

 先にお祈りを済ませ、チラリと隣りを見ると、まだ祥子さまは手を合わせてお祈りの最中だった。

(一体何をお祈りしているんだろう? 聖杯戦争の勝利祈願? 平穏な毎日? それとも私とスールになれますよう

に? ……なんてね)

 いろいろと想像しながら、両目を閉じて静かに祈る祥子さまの横顔を見つめていると、お祈りを終えて振り向いた祥子

さまと目が会ってしまった。

「何?」

「あ、いや、えーと、学園のどちらへ?」

 別に悪いことをしていたわけではないのだけれど、なんとなくバツが悪い。祐巳はあたふたと慌てながら尋ねた。

「薔薇の館よ」

「薔薇の?」

 ここまでの道中で聞いた話しの流れから、ある程度は予想出来ていた目的地、薔薇の館。自分とは無縁な場所だった

ので行ったことはなかったけれど、生徒会である山百合会の本部。いわば生徒会室のようなものだ。

 ただ、一般の生徒会室と違うのは、独立した建物として校舎とは隔離された場所に建っているという点。得も言えぬ近

寄りがたい雰囲気を醸し出しており(祐巳談)、ある意味でリリアンの聖域と言ってもいい。

 祥子さまによると、そこに聖杯戦争に関わる人物がいて、詳しい話が聞けるのだとか。

 生徒会の本部なわけだから、中にいるのも当然、生徒会関係者だと思っていたのだが、まさか聖杯戦争の関係者が

いるだなんて。実は生徒会室というのは建前で、薔薇の館は聖杯戦争運営委員会的な組織管轄の治外法権的建物

だったりするのだろうか?

 だとしたら、常にあそこには聖杯戦争の関係者が出入りしているということになる。

(それこそ、エクソシストみたいな人とか?)

 エクソシストがどんなものなのか、よくわかっていない祐巳だったが、生徒の干渉が許されない何かが薔薇の館にある

のだとしたら、リリアンの校風に似つかわしくないほど物騒な所だな……。

 などと渋い顔をして考え込んでいると、

「新しくなった建物も見受けられるけれど、校内の景観は私の知っているリリアンそのままだわ」

 過去へ思いを馳せるように澄んだ秋の空を見つめながら呟いた祥子さまの声が、祐巳を現実へと引き戻した。

(そうか、時代こそ違えど、自分と祥子さまは同じ風景を見ながら同じ学び舎で勉強しているんだよね)

 そう思うと、なんか不思議な気分になる。ふたつの時代のリリアンを目の当たりにしている祥子さまは、祐巳以上に感

慨深く思っているのかもしれない。

「……」

 目を細め、校内の景色を眺める祥子さまの邪魔にならないよう、祐巳は意識的に口を閉ざした。

 会話を交わすことなくしばらく並んで歩いていると、濃紺の修道服を身につけ、片手に雑巾の掛かったバケツをぶら下

げたシスターが前方からやって来た。

 一瞬、顔見知りのシスターかとも思ったのだが、

「ごきげんよう」

「ご、ごきげんようシスター」

 顔を確認出来る距離まで接近してシスターの顔を改めて見たとき、祐巳は挨拶を返しながら首をかしげてしまった。

(あれ、こんなシスター、リリアンにいたっけ?)

「今日から試験休みなのでしょう? お休みなのに、こんな遅くまで部活動? それとも委員会活動かしら?」

「え、あ、はい。部活です」

 穏やかな口調がすごく心地良い。どこか儚げな笑顔が印象的な女性だった。祐巳は、咄嗟だったとはいえ、神様に仕

えるシスターに嘘をついてしまったことを、ちょっぴり懺悔した。

「シスターはお御堂のお掃除ですか? 寒いのに大変ですね」

「ありがとう。でも、神に仕えるのが修道女たる私の喜びでもあるから」

 そう言うと、シスターは白い息を吐きながら静かに微笑んだ。祥子さまとは雰囲気やタイプが違う人だったけれど、その

表情はすごく魅力的だった。

「もうじき夕暮れだから、下校するときは気をつけてね」

 一言二言、他愛もない会話を交わすと、シスターは軽く会釈して歩きはじめた。

「……」

 見覚えのないシスターだったけれど、新任の方なのだろうか。それとも、見た感じ祐巳と同い年くらいに見えからリリア

ンの生徒? でも、いくら敬虔なクリスチャンだからといって、学生でシスターってことはないだろうし。

 行儀が悪いと思ったけれど、祐巳はふりかえって後姿を顧みた。

 しずしずと歩みを進めて行くシスター。話しをしているときは気が付かなかったけれど、よく見たら袖から伸びる色白の

手首に十字架が付いているチェーン型のアクセサリーのようなものが見えた。

(シスターが十字架付きのチェーンブレスレット? ビジュアル系バンドみたい。……まさかロザリオじゃないよね)

 そういえば、胸元にロザリオかけてたっけ?

「お行儀が悪いわよ」

 立ち止まってシスターの後姿をジッと見つめていると、案の定、それを嗜めるように祥子さまに叱られてしまった。

「すいません。見かけないシスターだったのでつい」

「たぶん、聖杯戦争があるから、臨時で召集されたシスターなのかもしれないわね」

(戦争でシスターを召集? 雑用係? 救護班? まさか援軍ってことじゃないよね? ともかく、文化祭のときに山百合

会が花寺からスケットを呼ぶのとは、大きく意味が違うんだろうなあ……)

 そんなことを考えながら中庭を進んでいくと、程なくしてこじんまりとした2階建ての建物が見えてきた。

「うう、近寄りがたい雰囲気があるなあ」

「近寄りがたい雰囲気?」

「ええ。祥子さまは感じられませんか? なんて言うか、独特なオーラというか」

「ええ、まったく」

 なんとも頼もしいお言葉。というか、70年前に祥子さまもここの住人だったんだっけ。そう思った途端、違う意味で祥子

さまからも只ならぬオーラが湧き出しているような気がしてきた。

「ここで、聖杯戦争についての詳しい話が聞けるわけですか」

「ええ」

「どんな方がいるのでしょう……」

「それは、私にもわからないわ」

 正面を向いて歩きながら祥子さまは答えた。

「え、わからないんですか?」

「わかるわけないじゃないの。さっきこの時代に来たばかりなのだから」

「あ」

 次々と語られる話の内容がいちいち衝撃的すぎてつい失念してしまっていたが、祥子さまは違う時代の人だった。さっ

き薔薇の館の住人だったという話を聞いたけれど、それも70年前の話。ここ最近のOGじゃないのだから、今の山百合会

や薔薇の館について何も知らないのは当たり前か。

 

 そうこう会話をしているうち、ふたりは薔薇の館の玄関前へ到着した。

「すいませーーん」

 呼び鈴が見当たらなかったので、扉へ向かって声をかけるが、中からの返答はなかった。見上げると2階の窓が開い

ていたので、確実に人はいるはずなのだが。

「声が小さかったのよ」

 祥子さまにそう言われたので、今度は大きな声で叫ぶべく祐巳は思いっきり息を吸い込んだ。すると、

「薔薇の館へ何用かな」

 出し抜けに背後から声をかけられた。なんの前触れもなく、急に声をかけられたものだから、祐巳は驚きのあまり吸い

込んでいた息を盛大に吐き出してしまった。もちろん、祥子さまに「はしたないわね」と言われてしまったのは言うまでもな

い。

 改めて声のした方を見ると、祐巳たちのすぐ後ろに長身の男性が立っていた。

(いつの間に? 全然気配を感じなかったけれど……)

 一切の気配もなく、祐巳たちへと近づいてきた謎の男性は、修道服を着て胸にロザリオをかけていた。ということは聖

職者なのだろうか。

 顎には無精髭をはやし、やや青白く血色の悪い顔からは生気が感じられない。鋭い眼光を閃かす双眸だけが夕闇の

中でギョロっと動き、全身を観察するように祐巳たちを見つめている。

「えぇとですね」

 ただならぬ雰囲気に気おされてしまって、祐巳はなんと言ったら良いかわからずに口ごもってしまった。すると、

「我らは聖杯に選ばれし者。争奪戦の監督者に面会するために参りました」

 男性の視線から祐巳をかばうようにさりげなく一歩前へ進みつつ、凛とした声で祥子さまが用件を告げてくれた。

「ほう、聖杯戦争に参戦するスールか」

 そう言うと謎の男性は、祥子さまの肩越しに祐巳を一瞥し、意味ありげに口元を歪めた。

(こういうタイプ、生理的に苦手だなあ……)

 思わず祥子さまの腕にギュッとしがみ付く祐巳。当人を前にして申し訳なく思ったが、全身から不吉なオーラが湧き出

ているような気がする。その表情もどこか薄気味悪いし、見ているだけで背筋に寒いものを感じてしまう。本当に聖職者

なのだろうか? 祐巳は目を合わせることさえはばかれた。

「あなたが監督者なのかしら?」

 萎縮して、すっかり口数の減ってしまった祐巳に代わって、祥子さまは変わらぬトーンで謎の男性へ尋ねかけた。

「私は神父の言峰綺礼。以後、見知りおき願おう」

 

第7章へつづく

  

 

 ようやく祐巳ちゃん一行リリアンへ到着。新たな登場人物もポツリポツリと出始めて、なんとなく物語りも動き始めたか

な?って感じです。

 意外なところでは、言峰綺礼が登場しました。Fateを知らない方は、「突然出てきたこの人誰?」って感じだと思いま

す。綺礼はFateに登場した人物で、けっこうな曲者です。

 当初はFate側の人物を出す予定はなかったんですけれど、Fate/ZeroのED『空は高く風は歌う』を聴きながら作業をし

ていたら、出したくなってしまいました。どんな役割を担わせているのかはまだヒミツですけれど、出すからには言峰綺礼

らしい仕事をさせるつもりでいますのでお楽しみに?

 

 さて、次回なんですが、ちょっとまとまった作業時間が取れない日々が続いております。年末は30日からお休みなの

で、その辺りで次の更新が出来ればと考えておりますが、確実に更新出来るか怪しいので予定は未定にさせておいてく

ださい。牛歩更新で、本当にゴメンなさい。

 

 

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