『Lilian/stay night?』

 

■第5章:12月14日(土) 14時53分 福沢祐巳/『小笠原祥子さま』

「見た目によらず貴女って慎重なのね」

「はは、恐れ入ります……」

 突然部屋に現れて、「貴女は私のスール?」と問いかけてきたロサキネンシスこと小笠原祥子さま。吸い込まれてしま

いそうな奇麗な瞳で見つめられて迫られたときは、即座に「はい、そうです」と答えてしまいそうになったが、今自分が置

かれている状況は現実的ではなかったし、軽はずみに返答して良いほどお気楽な事態ではない。

 なんて冷静な分析が祐巳の頭の中で行われたわけではなかったのだが、只ならぬ不安感を覚えた祐巳は、祥子さま

と目を逸らして「ごめんなさい。即答は出来ません」と答え、直感的に即答を避けたのだった。

 それ以外にも、せっかく素敵な人とスールになれるのに、勢い任せっていうのもなんか違う気がするし、全然ロマンチッ

クじゃないという不安感とは無関係な個人的感情もあったりなかったりしたわけなのだが……。

「いいわ。何も事情を話さずにいきなり「スールなの?」と問われても困惑してしまうものね」

 一瞬、祐巳の態度に呆れたような表情を浮かべた祥子さまだったが、軽く息を吐くとこれ以上返答を急かすことはしな

かった。祐巳としては皮肉が込められたお言葉の1つも戴く覚悟でいたので、安堵した反面、なんとなく拍子抜けしてし

まった。だが、

「じゃあ、出かける用意をして」

「はい?」

 出し抜けにそんなことを言われたものだから、頭の上に巨大なクエスチョンマークが盛大に点灯してしまった。思わず

間抜けな顔で聞き返す祐巳。これから、その事情とやらについての説明をしてくれるんじゃなかったのか?

「だから、出かける用意をしてと言ったの。まさか、そんな格好で出かけるつもりじゃないでしょうね?」

 言われて祐巳は、ロングTシャツ+ニットのカーディガン+ちゃんちゃんこ+レギンス(レッグウォーマー付)という自分

の格好を確認した。

 そんな格好なんて言われてしまったが、そんなに変? ちゃんちゃんこを脱いでショートブーツでも履けば出かけられな

くもないと思うんだけど。まあ、近所のコンビニくらいが限界だろうけど……。

「いやいやいや」

 そんな格好なんて言われたものだからつい余計なことを考えてしまったが、今問題なのは自分の服装のことではない。

 いつ出かけるって話になりました? 事情の説明は? 展開があまりにも突飛すぎて、なかなか状況が飲め込めない

祐巳だった。

「出かけるんですか?」

「ええ」

 困惑しまくりで問う祐巳に、平然と答える祥子さま。

「ロサキ、いや、祥子さまと?」

「そうよ」

「どちらに?」

「リリアン女学園」

「え、リリアン? なぜリリアンへ行くんですか?」

 祥子さまの言葉に困惑を通り越して周章狼狽してしまった祐巳。なぜ、リリアンへ? そういえば、祥子さまはリリアン

の制服を着ていて、自分のことをロサキネンシスと名乗ったけれど……。間欠泉のように疑問が次から次へと吹き上

がって来たが、現状でその疑問を解決する手立ては、目の前にいる当人へ尋ねるほかない。

 だが、それは容易く出来そうになかった。というのも、あまりにも祐巳が矢継ぎ早に質問を浴びせかけるものだからイラ

イラしてしまったのか。祥子さまは表情を曇らせると、あからさまに不機嫌そうな顔をしていたからだ。

「もう、本当に質問が多い子ね。あなたの質問には道中で答えてあげるから、まずは出かける準備をなさい」

 案の定、祥子さまの口からは、不機嫌な声が飛び出してきた。

(もう、理不尽だなあ)

 納得は出来なかったけれど、結局、祥子さまの勢いに押されて祐巳は出かける準備(とは言っても、着替えるだけだけ

れど)をすることになった。

 部屋までついてくるという祥子さまをリビングに案内するとお茶を出し、自分は2階の自室へ。クローゼットにかかってい

た制服に着替えてコートを羽織ると、足早に階下へと戻った。

「お持たせしました」

 軽く息をつきつつリビングへの扉を開くと、祥子さまはソファーに腰掛けて、さっき出したお茶を優雅にすすっていた。馴

染みのお茶屋さんでいつも買っているほうじ茶だったけれど、祥子さまが飲んでいるとなんだか高級なお茶に見えてしま

うから不思議だ。

「あら早かったわね。そんなに急がなくても良かったのに」

 祐巳の方をチラリと見て祥子さまは、そうおっしゃられたのだが、時間をかけてはかけたで何を言われるかわからな

い。祐巳的には、急いで正解だったと思った。

 残りのお茶を飲み干すと、祥子さまは立ち上がって祐巳の傍らまでやって来た。そして、ポケットからレースのハンカチ

を取り出すと、汗がうっすら滲んでいた額にそっとあててくれ、ちょっとナナメになっていたタイを直してくれた。

「身だしなみにも気を配らなくちゃ駄目よ」

「あ、ありがとうございます」

 緊張のあまり固くなりながら礼を述べる。それにかすかな笑みで答える祥子さま。その笑顔を見つめながら、祐巳は急

いだ甲斐があったなと、ちょっぴり嬉しくなってしまったが、その余韻に浸る間もなく祥子さまはさっさときびすを返すと、

「それじゃ、行きましょう」と先立って歩き出してしまった。

「あの、どちらへ?」

「どちらって、リリアンへ行くとさっき言ったでしょ」

 また言わせるのかと祥子さまの目尻がつり上がりかけたので、祐巳は慌てて言葉を継いだ。

「いや、そういう意味ではなく」

「じゃあ、どういう意味なの?」

「そっちは玄関ではなく、バスルームです」

「……」

「……」

「そういうことは、もっと早く言って頂戴。あなたのせいでかかなくてもいい恥をかいてしまったじゃないの」

 ええ、私のせいですか!? と心の中で悲鳴を上げつつも、ムスっとした顔をしている祥子さまの横顔を眺めて、「ああ、

可愛らしい一面もあるんだ」などと思ってしまう祐巳だった。

 

 家中の戸締りを確認すると、最後に玄関の鍵を閉めて家を後にした。

 学校へ行くのに手ぶらというのは、なんとも不思議な感覚だったが、それ以上に見知らぬ女性と一緒に登校するという

行為が新鮮というか奇妙な気分だった。

「ひゃー風が冷たい」

 さすがに12月も中旬になると寒さが厳しい。制服の上にスクールコートを着込んでいたが、寒風が頬を撫でていくだけ

で、身が縮こまってしまうほどの冷感が全身を駆け抜けていく。

 せっかくのお休みなのに、こんな日にわざわざ出かけなくてもと思いつつ、横を歩く祥子さまを見ると、制服姿のままで

外套などの防寒着を着ていなかった。

 現れたときからこの格好だったし、召喚したサーヴァント(だっけ?)なので、一瞬寒さは関係ないのかなと思った祐巳

だったが、よく見ると、肩が小刻みに震えている。

「……」

「何?」

 自分を見ている祐巳の視線に気が付くと、祥子さまは怪訝な表情で尋ねてきた。

「ちょっと待ってもらっていいですか」

 そう断ると、祐巳は立ち止まってコートのボタンに手を掛ける。

「よろしかったらこれを着てくださいませんか?」

 そして、するりとコートを脱ぐと、それを祥子さまの前へ差し出した。だが、

「余計な気遣いはしないで頂戴。私は別に寒くなんか」

 祐巳の行動で何かを察したようで、祥子さまはそっぽを向くと先に歩き出そうとした。

「いえ、気なんて遣っていません。私、これをしてるからちょっと暑いんです」

 そう言って先に行こうとする祥子さまに笑むと、祐巳は両手にはめた手袋と首に巻かれていたマフラーを見せた。吐く

息は白く、本当は寒くてしかたなかったけれど、手袋もマフラーもしていない祥子さまはもっと寒いに決まっている。お節

介だとは思ったが、震えている祥子さまを見て見ぬ振り出来るほど祐巳は図太い神経を持ち合わせていなかった。

「手に持つと荷物になってしまうので、よろしければと思ったんですけれど」

 だが、祥子さまはストレートに「寒そうだから」と手渡して着てくれるほど素直な人じゃない。まだ出会ってそんなに経っ

ていなかったが、なんとなく祥子さまの性格を理解出来た祐巳は、あえて変化球で尋ねたのだった。

「着ていただけますか?」

 これで断られたら勧めるのをやめよう。そう思いつつ再度尋ねると、祥子さまは呆れ口調で「しかたない子ね」と言いつ

つ、祐巳の手からコートを取り上げた。作戦大成功。思わず祐巳の顔がほころんだ。

「祥子さまにはちょっと丈が足りないかもしれませんけど……」

 腕を通すと予想通り若干袖が短かったようで、制服の袖口がかなり飛び出してしまっていた。そりゃあ、17歳の平均的

背丈の祐巳が来ているコートを、まるでモデルのように均整のとれた体型の祥子さまに着させても合うはずがない。手足

の長さ、というよりも、まことに遺憾ながら身体の出来が違いすぎる。

 「気にしないわ」と言ったものの、コートを着終えた祥子さまは、腕を掲げると飛び出してしまっている制服の袖口をジッ

と見つめていた。

(やっぱり、気になっちゃうよね……)

 さて、どうしたものか。思案顔の祐巳の目にあるモノが映った。

「じゃあ、よかったらこれも使ってください」

 そう言って差し出したのは、自分がしていた手袋だった。手首まで覆ってくれるウールのミトン。これならば、飛び出た

袖口も目立たなくしてくれるだろう。

「それじゃあ、あなたが寒いんじゃなくて?」

「平気です。マフラーがありますし、私、暑がりなんです」

「本当?」

「はい、ぃひぃっくしょんっ……本当です、くしょんっ」

 強がって笑んだ瞬間、タイミング悪く盛大にくしゃみをしてしまった。もう、もう少し我慢出来なかったの私と自分を責め

る祐巳だったが、出てしまった今となってはどうしようもない。

「もう、無理してるじゃないの。気持ちはありがたいけれど、無理は駄目よ。ほら、あなたの手、こんなに冷たいじゃない

の」

 そう言うと祥子さまは、祐巳の手を包み込むように両手で握ってくれた。瞬間、上気して顔が赤くなったが、残念ながら

それで寒さが凌げるほどではなかった。

「ですが」

 どうしても引き下がらない祐巳に困り顔の祥子さまだったが、

「それじゃあ、こうしましょう」

 何かを思いついたのか、祐巳から片方だけ手袋を受け取ると、それを右手にはめた。

「あなたも左手に手袋をなさい」

「はあ」

 言われるままに手袋の片割れを左手にはめる。だが、これに何の意味があるのか、祐巳にはわからなかった。

「こうするのよ」

 すると、祐巳の疑問に答えるように祥子さまは、手袋をしていない左手で祐巳の右手を取って、一緒にコートのポケット

へ手を突っ込んだ。

「祥子さま!?」

「これならば目立たないし、お互い寒くもないでしょう?」

 そう言って、ポケットの中で祐巳の手をギュッと握る祥子さま。

 一瞬、驚きと緊張のあまり頭の中が真っ白になってしまった。しかし、ややあって祥子さまの手の温もりを実感すると、

祐巳もギュッと手を握り返した。

 伝わってくる手の温もりは、あたたかさ以上に心地良い。お母さんとは違うのだけれど、手を繋いでいるだけですごく安

心した気持ちにしてくれる。

「とってもあったかいです」

 言うと祐巳は少しだけ祥子さまに寄り添った。「歩きずらいじゃない」と言われるかと思ったのだが、祥子さまは静かに

笑んだだけで何も言わなかった。

「そういえば、まだあなたの名前を聞いていなかったわね」

「あ、私、福沢祐巳です」

「ふくざわゆみ、ゆみ、ゆみ、ゆみね」

 記憶に留めるように何度も祐巳の名を繰り返す祥子さま。いきなり呼び捨てで呼ばれたのにもかかわらず、"祐巳"と

呼ばれるとなぜか心地良くて不思議と嫌な気はしなかった。

「祐巳」

「はい?」

「……ありがとう」

「っ! はい!」

 仲の良い姉妹の様に寄り添って歩道を行くふたり。「本当にお姉さまが出来たみたい」なんて思って祐巳が胸をときめ

かせていると、やがて行く手に目指すバス停が見えてきた。

(あー、もう着いちゃった)

 もう、身も心もポカポカで、師走の寒さなど感じなくなっていた祐巳だった。

 

 

第6章へつづく

 

 ひゃー、約1ヵ月ぶりの更新です。お待たせしちゃってゴメンナサイでした。何ていうか、書く時間がない、といいますか

ないわけではないんですけれど、そうすると寝る時間が……。

 しばらく多忙な日々が続くので、年内いっぱいくらい月1〜2回程度の更新になってしまいそうです。

 当初は、クリスマス前後の完結を目指していたんですけれど、このペースでは、うーん、ゴメンナサイ。何か毎度書いて

いるような気がしますが、なにとぞ気長にお付き合いいただければと思います。。。

 

 今回のお話は、ちょっと息抜き。瞳子編でいろいろと詰め込んでしまったので、次の展開になる前にまったり読めるお

話をはさんでみました。

 久々の祐巳ちゃんと祥子さまのデート(?)話です。まだ出会って間もないふたりなので親密度は薄め。その分、初々し

い感じを意識して書いてみました。でも、久々の祥×祐だったので、書いているうちに楽しくなっちゃって、最後の方は

初々しさの欠片もなかったかもしれませんね(汗

 

 

 

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