『Lilian/stay night?』

 

■第4章:12月12日(木) 15時12分 松平瞳子/『決意』

「……あなたの淹れた紅茶、美味しいわ」

「ありがとう。ね、紅茶を飲むと、ゆったりとした気分になれるでしょ」

 そう言って嬉しそうに紅茶をすする、自称フォーチュンさん。

 演目決定会議をするときやOGなどのお客さんが来たときお茶を出せるよう、部室には電気ポットとティーセットが用意

されていた。とはいっても、茶葉はスーパーのバーゲンで購入した格安のバニラフレーバーティー、カップは、100円ショッ

プで揃えたB級品。

 特に味に拘りを持っているわけではなかったので、今まで取り立てて美味しい、不味いという意識は持たなかった飲み

なれた部室の紅茶。のはずだったのだけれど。たった今、目の前で淹れられた紅茶は、今までここで飲んできたモノと明

らかに味が違う。

 同じ茶葉なのに、一体どんな魔法を使ったのか。確かに紅茶を淹れる手並みは目を見張るものがあったが、手並み

の良さだけでここまで味に差は出るものなのだろうか? あまりの腕前に、再度「本当はソムリエールなんでしょ?」と言

いそうになってしまったが、それを口にするとまた笑われてしまいそうだったので、口にはしなかった。

「で、フォーチュンさん。あなたの素性ですけれど……」

 味のあまりの激変っぷりに驚きすぎて、すっかり紅茶のことばかり考えてしまっていたが、今は美味しい紅茶の淹れ方

を詮索したり、優雅にティータイムを満喫しているときではない。瞳子はカップの中身を飲み干すと、話を本題へと戻し

た。

「ああ、そうだったわね」

 慌てることなく紅茶をすすり、おかわりの紅茶をカップへと注ぐフォーチュン。おかわりを尋ねられたが、瞳子は断った。

「ごめんなさい。覚えていないの」

 ティーポットをトレイに置くと、フォーチュンはポツリと言った。

「は?」

 あまりにも平然と言うものだから、一瞬、何と言ったのか聞き取れなかった。今、この人は何て言った? 覚えてないと

言ったように聞こえたけれど?

「今、何と?」

「覚えていないと言ったわ」

 カップにふーふーと息を吹きかけながら湯気越しに視線をよこすと、今度は聞き取れる声で答えが帰ってきた。

「覚えていないって……」

「召喚された衝撃で、一部の記憶に混乱が見られるのよ私」

「記憶の混乱? つまり、記憶喪失ってことですの?」

「全部の記憶を忘れてしまったわけではないけど、まあ症状としては似たものかな」

 その割にはさっきから慌てたり不安がる素振り1つ見せていない。それどころか、のんきに紅茶なんて飲んで、穏やか

な表情すら浮かべている。これが記憶をなくした者の振舞いだというの?

「で、その混乱とやらで自分の名前も、私との関係も思い出せないと?」

「そう」

「……」

 胡散臭い話だと思った。都合の悪いことを尋ねられたから、とっさに記憶喪失という嘘をついたんじゃなかろうかと。だ

が、フォーチュンの淀みなく澄んだ瞳を見ていると、なまじ嘘にも思えない。……今まで、散々疑っておいてなんだけれ

ど。

「はあ、どれだけドジっ子なんですのあなたは」

「ははは、ゴメンね」

 瞳子が、呆れ顔で溜め息をつくと、対面で紅茶をすすっていた女性は、ペロっと舌を出しておどけて見せた。

「でも、半分はあなたが悪いのよ」

「は? 何でよ」

 そんなフォーチュンの予想もしていなかった反撃に、思わずぶっきらぼうな口調になる瞳子。口も少し尖っていたかもしれない。

「ほら私、魔法陣とは違ったところへ出て来ちゃったじゃない? あれって、あなたの技術が未熟、じゃなくて、召喚法に

不手際があったからなの」

 そう言われて、メチャクチャに壊れていた準備室の天井とタンスの絵が頭に浮かぶ。

「未熟って……」

 そりゃそうだ。瞳子は召喚の手法など知りもしなかったし、サーヴァントを召喚するという意識も、これぽっちもなかった

のだから。

「つまり、私が不完全な儀式で乱暴な召喚をしてしまったことに、記憶喪失の原因があると」

 ニンマリと笑んでコクリと頷くフォーチュン。

「まあ、仮にあなたの言葉を信じるとしまして。記憶喪失では、聖杯戦争への参加は無理じゃありませんの? 今の状態

ではサーヴァントとしての力も振るえないのでしょう?」

「それならば問題ないわ。記憶の混乱は一時的なものだし、忘れているのはパーソナルな記憶だけ。サーヴァントとして

の能力は普通に発揮出来るから」

 なんてご都合主義な記憶喪失なんだか。というか、パーソナルデータの忘却の方がサーヴァント能力云々よりも、由々

しき事態ではないのかと瞳子には思えた。

「だから、記憶が戻るまであなたとの関係はわからないままなんだけれど、他のサーヴァントたちとの争奪戦で遅れをと

る心配はないわ」

 腕に覚えがあるのか、それとも単なるおバカさんなのか。どちらにせよ、今目の前にいるフォーチュンさんは相当の自

信顔。ただ、張った胸をドンと叩いて「任せなさい!」と言うつもりが、強く叩きすぎちゃってむせてしまっているあたりに、

不安を覚えなくもない。

「確かに、突然記憶がないなんて言われても胡散臭いだけだと思うわ。あまつさえ、素性がわからない人間と組んで、一

緒に戦えって言われても、正直、得心出来ないでしょうし、不安も大きいでしょうし。信頼関係なんて、もってのほかだろう

しね。でも、私があなたと縁のある人間ということは嘘じゃないし、縁のある者の中から私がサーヴァントとして選ばれた

ということは、あなたと私の間には相当な宿縁があるからだと思うの。それこそ家族とか、生涯の親友とか、それ以上の

関係とか」

 家族という言葉に、一瞬反応しそうになったが、瞳子は無言のまま話の先を促した。

「残念ながら、私が最強クラスのサーヴァントじゃないことは否めないわ。相手が三薔薇だったら、完膚なきまでに叩きの

めされちゃうかもしれない。だけど、このめぐりあいには運命を感じるし、私ならばあなたの願いを叶えるための手助け

が、誰よりも出来ると信じている」

「運命、ですか」

「うん。運命」

 そう言って、フォーチュンはニッコリ微笑んだ。

(運命……ね)

 なんて都合の良い言葉だこと。そんな含みも込めて瞳子は軽く溜め息をついた。

 

「で、話は戻るけれど、どうする。私と契約して、聖杯戦争へ挑む? やっぱり拒否する? さっき話したように、争奪戦

に勝ち残れればどんな願い事でも叶えることが出来るけど」

 頬杖をついて空になった自分のカップをぼんやり見つめていると、三杯目の紅茶を注ぎながらフォーチュンがそう尋ね

てきた。

「返答の前に1つ質問してよろしいかしら?」

「どうぞ」

「叶えられる願いは、私の願いだけ?」

 フォーチュンは無言で首を振った。

「申し訳ないけれど、私、いえ、私たちサーヴァントはランプの精じゃないの。生命を賭けるからには、それ相応の、あな

たと同等の対価はいただくわ」

 自分の意思かどうかはともかく、聖杯に選ばれた者は、聖杯戦争に勝利して願いを叶えるための力、サーヴァントを得

る。サーヴァントの方は、手を貸す代価として願いを叶えるチャンスを与えられる。はっきりとした答えを得られたわけで

はなかったけれど、口ぶりでなんとなく想像出来た。

 願いを叶えるための利害関係。おそらくそれがスールの仕組みなのだろう。スールは乙女が憧れる奇麗な伝説として

語り継がれてきたが、いざ直面してみたら思いっきり即物的な関係じゃないか。

 童話の白雪姫にもシンデレラにも、少女たちが憧れる奇麗できらびやかな世界の裏側には、けっこう陰湿な憎悪や怨

恨なんかがあったりするので、スール伝説にも奇麗な表の部分にカムフラージュされた裏があっても不思議ではないと

思う。だけど、まさかここまで俗っぽいとは。

「対価って願いのことですわね? あなたにも、勝利して叶えたい願いがあると」

「ええ」

「その願いとは?」

 召喚され、生命を賭けてまで得たい対価とは、叶えたい願いとは何なのか。お金? 権力? なんとなく興味をそそら

れたので、率直に尋ねてみた。すると、

「胸に秘めている願いは、口に出したら叶わなくなるって迷信、なかったっけ?」

 期待していた答えのかわりに、予想外の言葉が返ってきた。

「あいにく迷信は信じない主義ですので」

「奇遇ね。私も、そんな迷信なんて信じてないわ。だから、願いを教えてあげるのもやぶさかじゃない。別に秘密にするほ

どの願いじゃないしね。でも、私が言うのならばあなたの願いも聞かせてもらうわよ。あなたが私の願いに興味があるよ

うに、私もあなたの心の闇に興味があるから」

「っ!」

 今日はじめてみせる好戦的な視線だった。不敵に笑んでいるその表情には、言いようのない威圧感すらうかがえる。

「あなた、私の心が読めますの?」

「読心術なんて使えないわ。ただ何となく、カマをかけてみただけ」

「なっ。……意地悪」

「知ってる」

 そう言うと、フォーチュンはさっきまでの人懐こい表情に戻った。一瞬感じた威圧感はもう感じられなかったが、フォー

チュンが放った威圧感に圧倒されて、背中に大量の冷や汗をかいてしまった。すごく気持ちが悪い。

「縁、縁って言っていますけれど、利害さえ一致すれば、縁なんて関係ないんじゃありませんの? 戦わずに隠れている

だけでも良いのならば、この争奪戦において私の存在意義はないに等しいですし」

 願いのことを詮索すればするほど、こちらの内面も見透かされてしまいそうな強迫観念に駆られた瞳子に、これ以上

願いの詮索をする勇気はなかった。逆に詮索されるのも怖かったので、フォーチュンが口を開く前に、スール関係の

核心を突くような問いかけをすばやく投げかけた。

「最終的に願い事の成就がすべてだから、利害さえ一致すれば正直縁はあまり関係ないかもしれないわね。でも、私は

そう思ってはいない。だって、この出会いは一期一会。運命の力に導かれて本来は出会うことのない人と巡り会うだなん

て、奇跡に他ならないもの。だから、私はあなたと利害的な関係じゃなく、信頼関係を築きたいと思っている。絆を深めた

いと思っている。もちろん、願いの成就も重要だけどね」

(また、運命……か)

「っと、お喋りがすぎちゃったね」

 ちょっと一息と言ってカップに手を伸ばすと、フォーチュンは、上品と言うよりも豪快に紅茶を飲み干した。

「それじゃあ、ファイナルアンサーのお時間。この話に伸るか反るか」

 飲み終わった口元にハンカチを当てながら、フォーチュンの右手が瞳子の目の前に差し出された。

「……」

 一瞬の沈黙。両者の間に漂う重苦しい空気。瞳子は、差し出された右手へ視線を落としたまま思案を巡らせた。

(生命を賭けた争い、戦争と名の付く闘争に加担するのは御免こうむりたいですけれど、仮面を被って人生をおくってい

る時点で、すでに私は死人同然。この先も他人を欺き続けるような生き方しか出来ないのならば、死んだつもりで聖杯

戦争とやらへ参加するのもアリなのかもしれません)

 チラリと顔を上げると、急かすわけでもなく、穏やかな表情をしてフォーチュンが瞳子のことを見つめていた。

(でも、実際に生命を落とす可能性があるというのは怖い。ヘタをすれば、理不尽な争いに巻き込まれて私の人生がそこ

で終わってしまうわけですし、そうなったら松平の両親にも迷惑をかけてしまう……)

 ものすごいスピードで、様々な想像や葛藤が頭の中を駆け巡っていく。1つのことに対して、ここまで悩むというのは何

年ぶりだろう。

(ですけれど、あわよく勝ち残ることが出来たら、生き残ることが出来たら、こんな大嘘つきの自分を変えるきっかけに、

素直な私に生まれ変わるきっかけになる。松平の家にも迷惑をかけないで済むかもしれない。それに……)

「素直に生きる私? ちゃんちゃら可笑しいですわね」

 自嘲気味に呟くと、クスっと笑みが漏れた。

「答えが出たようね」

 その様子を黙って見ていたフォーチュンがタイミングを見て語りかけてきた。それを受けて無言で頷くと、瞳子は口元を

歪ませて不敵に笑み、「上等ですわ」と上品とは程遠い言葉を吐き出した。その瞳には力強い光が宿っている。

「いいでしょう。フォーチュンさん、あなたとスールになりましょう。記憶をなくしてしまうようなドジっ子さんと組むのは本意

ではありませんけれど、あなたが私の運命のパートナーと言うのであれば、私もそれに乗っかります。共に争奪戦の勝

者を目指しましょう」

「OK。じゃあ、契約は成立ね」

 改めて差し出された右手を、瞳子はギュッと握り返した。

「まったく、こんな茶番に付き合うだなんて、今日の私はどうかしているようですわね」

「まあまあ、そう言わずに頑張ろうよ。えーと、名前はなんだっけ?」

 そういえば、相手の素性ばかり聞き出そうとして、まだ自分の名前を名乗っていなかった。

「瞳子。松平瞳子ですわ」

「松平瞳子ね。では、クラス フォーチュンの名に懸けて、松平瞳子を私のスールと認めます」

 そう言うと、フォーチュンは自分の首にかけていたロザリオを外した。

「ロザリオの授与で契約? ずいぶんロマンチックですわね。わざわざ用意したんですの?」

「違うよ。私の大切な人から戴いた物なんだ」

 なんとなく遠い目をしてフォーチュンは答えた。

「それでは、私にくださるのは」

 見た感じ、それ程高価なものではなさそうだったが、そんな大切なものを会ってすぐにもらうのは、さすがに躊躇われ

た。だが、

「もちろん、あげはしないよ。私の宝物だもの。だけど、あなたにお守りとして持っていて欲しいの。だって、この争奪戦が

終わるまであなたは私のパートナー、大切な人なのだから」

 言われて顔が熱くなった。この人は、こんな恥ずかしい台詞をサラリと言えてしまう人種なのか。

「ま、まあ、あなたがそうおっしゃるのでしたら」

 照れを隠すために不自然なほどムスっとした瞳子の首に、ロザリオがおごそかにかけられた。どこにでもあるような普

通のロザリオだったけれど、自分の首にかかると、キリリと気持ちが引き締まる気がした。これが聖十字が持つ聖なる

力なのだろうか。

「うん。似合う似合う」

「あ、ありがとうございます」

 ロザリオをかけた瞳子を眺めながら、満足げに笑むフォーチュン。ちょっと恥ずかしかったが、悪い気はしなかった。

 

「で、あなたのことは何と呼べばいい。マスター? 我が君?」

「クラスでは瞳子さんって呼ばれていますけれど、別にあなたはクラスメイトであるわけでもなし。好きに呼んでくれてかま

いませんわ。ただ、主従関係を築く気はないので、マスターや我が君はナシで」

 瞳子は、手に取ったロザリオを見つめながらそう告げた。

「じゃあ、瞳子ちゃん」

「なっ」

 刹那、噴出しそうになってしまった。この人は、本気なのか冗談なのかよくわからない事をサラリと言ってくれるから

困ってしまう。無性にイラっとしたので、瞳子は思いっきり首を横に振った。

「だったらせめて瞳子って呼び捨ててください!」

「えー、可愛いのになあ。それじゃよろしくね、瞳子」

「っ!!」

 呼び捨ては乃梨子さんで慣れていたはずなのに、目の前のフォーチュンに瞳子と呼ばれた瞬間、何故だか心臓が大

きく跳ね上がった。

 

 

 

第5章へつづく

 

 時間がかかっちゃってゴメンナサイでした。ようやく瞳子編の導入部が終わりました。

 今回、瞳子ちゃんと契約したサーヴァントのフォーチュンさん。正体がわからずじまいでしたが、バレバレだったでしょう

か? 一応、さんにんの候補の中から、瞳子ちゃんにふさわしい人物を選んでみたのですが、さて誰でしょう(笑)。物語

の進行に合わせて正体も明かしていく予定ですので、よろしければ予想してみてください。

 

 それと。今回、説明とか心理描写とか、読んでいてわかりづらい箇所が多々あったと思われます。ゴメンナイ。色々と

突っ込んだ描写をしたかったんですけれど、ちょっと不調気味で見事に空まわってしまいました。

 完結まで漕ぎ着けましたら、加筆修正等したいと思っています。申し訳ありませんが、今回は雰囲気で楽しんでいただ

ければ幸いに思います。

 

 次からは新展開(って程でもありませんけれど)。新キャラ等も登場しますので、引き続きお付き合い願えればと思います。

 

 

 

第3章novel top第5章

inserted by FC2 system