『Lilian/stay night?』

 

■第3章:12月12日(木) 14時31分 松平瞳子/『縁(えにし)と鍵』

「私はスールになるため、あなたに召喚されて現臨したサーヴァントよ」

 穏やかな表情で、目の前の女性は瞳子へそう告げた。

「スール? サーヴァント?」

 またしても聞き慣れない単語が飛び出してきたので、一瞬またはぐらかされたのかと思った。しかし、スールやサーヴァ

ントという単語になんとなく聞き覚えのあった瞳子は、女性に睨みをきかせたままで記憶の糸をたぐり寄せていった。

(スール、サーヴァント、スール……。スール、サーヴァント……あ!)

「もしかして、リリアンで語り継がれている姉妹伝説のこと?」

「ご名答〜☆」

 美幸さんに誘われて聖書朗読クラブへ見学に行ったとき、先輩からそんな話を聞かされた気がする。リリアン女学園

のどこかに聖杯があって、その聖杯に選ばれた生徒は、サーヴァントという素敵なパートナーとめぐり合って、スールに

なることが出来るとかなんとか。

 正直、現実離れした御伽噺だったので、夢見る乙女の描いたキラキラした絵空事程度にしか思っていなかったのだ

が、まさかその御伽噺をまた聞く羽目になるとは。しかも、素性の知れない謎の女性から。

「召喚の儀式、やった覚えあるでしょ?」

「儀式!?」

 失礼を承知でジロジロと女性を観察していた瞳子だったが、『召喚の儀式』という言葉を耳にした瞬間、ハッとして大き

く息を飲み込んだ。

(確かにさっきやっていた呪文詠唱は、使い魔の召喚シーンでしたけれど、まさかあれで、この人を召喚してしまったと…

…?)

 思い当たる行動はとっていたものの、あまりにも非現実的すぎてにわかに信じることは出来なかった。それどころか、

話が途方もなさ過ぎるあまり、もしかしたら演劇部の誰かが仕掛けたドッキリなんじゃないか。そんな風にも思えてきた。

「確かに召喚の儀式には心当たりはあります。けれど、劇の練習で唱えていた呪文で呼び出されてしまうって、サーヴァ

ント召喚にしては、ちょっとお粗末じゃありません?」

「うっ」

「それに、スールの伝説はリリアンに通っている者、通っていた者ならば誰でも知っている有名な逸話。召喚云々のくだり

を創作だと考えれば、あなたの話しはすべて虚言ということにもなります」

 そう結論づいた途端、瞳子は興がそがれ、急に頭が冷静になった。

(まったく、ひと時でもこんな虚言に付き合ってしまうだなんて、私ったらどうかしていましたわ)

「いやいや、嘘や絵空事じゃないって。もう、疑り深いなあ」

 完全に興味を失っている瞳子の冷めた眼に、まだ諦めていないのか。女性の必死な顔が映った。

 やれやれと溜め息をつく瞳子。実際に見たことがないので、スールやサーヴァントの逸話が絶対に嘘だと断言すること

は出来ない。でも、今までの話を総合して信憑性の有無を判断するとしたら、間違いなく信憑性の欠片もないと思えた。

まだ自分は、大人と言えるほど思慮分別を身につけてはいなかったが、ご都合主義の夢物語を手放しで信じ込むほど、

もう子供でもないのだ。

「それ以外の証拠がなければ、これ以上は時間の無駄です」

 自分なりの結論も出たことだし、あとはスキを見て脱出。この騙り師を先生へ通報すれば万事OK。じゃあ、どんな風に

脱出しようかしら……と次の行動を思案していると。

「まだ証拠はあるわ。それも、決定的なヤツが」

 もう付き合う気もなかったが、スキを作る意味でも話しに付き合っておくか。そう思って、瞳子は溜め息混じりで女性と

視線を交えた。

「それは何ですの?」

 乾いた口調で尋ねると、鼻息を荒くしつつ女性は瞳子の右手を指差した。

「右手の甲をご覧なさいな」

 促されて渋々自分の右手の甲へ視線を落とす。刹那、瞳子は思わず息を飲んだ。

「な、なに、これ……?」

 なんとそこには、3つの薔薇を模ったタトゥーのようなアザが浮かびあがっていた。

「それは令呪という聖痕。聖杯によってスールを得る資格を与えられた者の手に浮かび上がるスールの証のようなもの

よ」

「いつの間に!?」

 指でこすっても消えなかったので、爪をたてて軽く引っかいてみたが、それでも聖痕とやらは消えなかった。かわりに、

引っかいた痕が赤くなってしまった。

「令呪はスール資格者の証だから、どうやっても消せないよ」

 その様子を眺めていた女性が、緊張感のない声で言った。若干、勝ち誇った顔をしていたのは気のせいだろうか。

「消せないって……」

 イタズラや冗談にしては、たちが悪すぎる。もし先生の目にでも留まったら、タトゥーと勘違いされて校則違反で停学に

なりかねない。リリアン創立以来最大の不良行為で生活指導の先生が卒倒するオマケ付きで。

「じゃあ、どうすれば消せるんですの?」

 さすがに冷静さを失った瞳子は、ものすごい形相で女性へと詰め寄った。このままでは、義理の父母にも迷惑をかけ

てしまうではないか!

「ちょ、ちょっと落ち着きなって」

「勝手に手へタトゥーを入れられたんですよ! 落ち着いてなんていられるわけがないでしょう!!」

 焦らされたことが癇に障って語気が強まる。瞳子は、今にも噛み付きそうな剣幕で女性に迫った。

「さあ、消し方を教えなさい! さもないと!!!!」

 完全に頭へ血が上りきってしまい、瞳子が日ごろ抑え込んでいる感情的な部分が無意識に顔をのぞかせていた。

「聖杯戦争に勝利すれば消えるわ」

 しかし、そんな鬼の形相の瞳子を前にしても女性は慌てることもなく、相変わらず緊張感のないトーンで物騒なキーワ

ードを口にした。

「せいはい、せんそう?」

「聖杯を巡る争奪戦のことよ。スールを得る資格を与えられた者は、姉妹を得ると同時に、聖杯戦争への参加が求めら

れるの」

 スール伝説にそんな話があるだなんて初耳だ。これも嘘、女性の出任せかと思った。だが、緊張感のない声のトーンと

は裏腹に、まっすぐと瞳子を見つめてくる瞳は穏やかながら真剣で、揺ぎ無い矜持が宿っているように見えた。

「そんな話、聞いたことない……」

「でしょうね。戦争なんて物騒な言葉、リリアンに通う女の子たちが好むはずないもの。きっと、伝説のキレイな部分、都

合の良い部分だけを美化し、素敵な姉妹の伝説として語り継がれるようになったんだと思うわ」

 禍々しい言葉の持つ見えない重圧に押されて緊張感が高まる。思わずあとずさった瞳子のかかとに、横転している観

葉植物の鉢が当たった。

 緊張のあまり異様に口が渇く。瞳子は、唾液で必死に口の中を湿らすと、なんとか言葉を搾り出した。

「戦争ってことは、つまり……」

「あなたが想像している通りよ。スールになった者、わかりやすく言うと私とあなたは、聖杯を求む6組のスールと、聖杯を

奪い合う争奪戦へ参加することになるの」

「6組のスール、奪い合い……」

 聖杯"戦争"という言葉。そして語られたその内容。それは瞳子が想像した通り、リリアン女学園には似つかわしくない

野蛮なものだった。

「奪い合いということはつまり、相手と戦うってことですの?」

「うん」

 戦争と言っている時点でなんとなく察してはいたが、本当に他人と争うあの"戦争"とは。予想もつかない未知への恐怖

で、瞳子は膝の震えが止まらなくなった。

「あ、でも心配は無用よ。相手との戦いは、召喚された私たちサーヴァントの役目なの。だから、召喚者であるあなたが

戦ったり危険に晒される危険性は低いわ」

 気持ちがすっかり萎縮してしまっている瞳子への気休めなか。女性はフッと明るい表情を浮かべると、そう告げた。で

も。瞳子としては、正直そういう問題じゃない。

「殺し合いをしますの?」

 口にして血の気が引いていくのが自覚出来た。

「勝負に白黒が付けばいいから、一概に命の取り合いってわけではないわ。でも、対戦で相手の生命を奪っては駄目と

いう制限もないから、命を賭ける覚悟も少なからず持っておいた方がいいかもね。戦う私はもちろん、あなたも少しだけ」

 殺し合い、奪い合い。さっきまでただの学生だった自分には荷が重過ぎる。何故そんな物騒なものに自分が巻き込ま

れなければならないのか。それも、いきなり現れた素性の知れない人間と。聖杯に選ればれたから? 冗談じゃない。

自分は、これっぽっちも参戦を望んでなんかいないのだから、そちらの都合か気まぐれか知らないけれど、勝手に参加

者としてカウントしないで欲しい。

「申し訳ありませんけど、拒否権を行使致します。私はどんな些細な争いでも、その片棒を担ぐのは御免被りたいので」

 話がひと段落したところで、瞳子ははっきりとそう告げた。令呪が消えないのは困るけれど、生命を賭けるような争い

へ巻き込まれるのはもっと困る。

 最悪、令呪を消すために皮膚の移植をすることにはなるだろうが、争奪戦で命を落とすことに比べれば痛くもなんとも

ない。

「まあ、普通、誰だってそう思うわよね」

 そう言ってサーヴァントの女性は頭をかいた。

「でも、デメリットだけじゃないのよ。この聖杯戦争に勝利すると、どんな願い事でも叶えてもらえる権利が与えられるの

よ」

 もう拒否すると告げたわけだが、女性は話をやめなかった。正直、もう聞く義理はなかったのだが、ふいに興味深いワ

ードが登場したので、話だけは聞いてみようと思った。

「願い事……。どんな願い事も叶うんですの?」

「うん。ご希望とあらば、大金や世界の覇権だって手に入れることも出来るわ」

(ますます御伽噺ですね。でも。でも本当に願いが叶えられるとして、あの日の出来事を、両親との別れをなかったことに

出来るのならば、松平瞳子とは違った人生を歩めるわけですわね……)

 お金にも権力にも興味などない。自分なんかによくしてくれている松平の義母にも義父にも感謝こそあれ、不満など何

1つない。それでも、胸の中に埋められない大きな穴が開いている瞳子にとって、願いの成就は少なからず魅力的な話

だった。

「まあ、それが本当だと仮定して」

 亡き両親のことを想い目頭が熱くなるのを自覚したので、瞳子は慌てて過去へ思いを馳せるのをやめた。

「その争奪戦とやらに私が参戦する場合、どこの馬の骨ともわからないあなたとスールになって臨まないといけないわけ

ですわね?」

「うううぅ、厳しいねアナタ……」

「だって、そうじゃありません? あなたは見るからにリリアンに伝わる最強の聖乙女には見えませんし」

「はは、恐れ入ります……」

 薔薇の館に飾ってある三薔薇のステンドグラス。ロサキネンシス、ロサギガンティア、ロサフェティダがサーヴァントなの

かどうかはわからなかったけれど、リリアンを守護する聖乙女と呼ばれている時点で、スール伝説、そして聖杯戦争と何

らかの関係があるのは容易に想像出来る。もしかしたら、サーヴァントとして過去の争奪戦へ参戦した際の神々しい姿

が神格化され、リリアンの守護者として伝えられるようになったのかもしれない。

「リリアンの守護者と呼ばれている彼女たちのいずれかがサーヴァントとして出てきてくれたのならば、勝機もあるでしょ

うから争奪戦へ参加したかもしれません。けれど、素性の知れないあなたとではちょっと……」

 皮肉を込めて更に瞳子は続けた。

「ロサキネンシスが出てくるまで召喚をやり直そうかしら」

 ちょっとだけ意地悪く笑んで、女性の顔を覗きこんだ。ずっとペースに乗せられっぱなしだったので、少しくらい反撃して

も罰は当たらないだろう。

「あ、それは無理な相談だよ」

しかし、反撃は失敗に終わった。期待に反して女性の反応は薄く、攻撃したはずの瞳子の方が逆に動揺してしまった。 

「何故です?」

 ムッとして睨みつける。

「呼び出されるサーヴァントは、召喚者と縁(えにし)のある者が、現在・過去・未来の中から選ばれて召喚されるのよ」

「縁がある者が選ばれる? 無作為に?」

「いいえ。召喚する者が持つ、キーアイテムに導かれて」

「キーアイテム?」

 頷くと、女性は一息ついて、タンスから立ち上がった。

「簡単に言うと、サーヴァント所縁の持ち物ってところかな。サーヴァントは縁ある者がキーアイテムを持つことではじめ

て呼び寄せることが出来るわけ」

 何だか小難しいけれど、要は縁とキーアイテムがなければ、いくら望んでも希望のサーヴァントは呼べないということ

か。

「理解が早くて助かるわ。例えばロサキネンシスを召喚したい場合は、彼女との縁があって、且つキーアイテム、紅薔薇

の持ち物を持っていてはじめて可能になる」

「そんなものどうやって手に入れるんですの?」

 だいたいの話はなんとなく理解出来たが、さっきから出てきているキーアイテム。これはいつどこで手に入れられるモノ

なのだろう。そして、自分はいつ、どんなタイミングでそれを手に入れたのだろう。

「どんなモノがキーアイテムとして選ばれて、いつ手に入るのか。残念ながらそれは私にもわからないわ。それこそ聖杯

のみぞ知るというか、運命のめぐり合わせというか」

 うわ、なんかボンヤリとした答え方だ。

「ともかく、サーヴァント召喚には縁とキーアイテムが必要で、呼び出せるのは召喚者と縁のある者のみ。だから、あなた

が三薔薇を呼び出すために奔走したとしても、縁とキーアイテムがなければ徒労。言い方を変えれば無駄に終わるって

わけ」

「じゃあ、あなたが召喚されたのは、私があなたとの縁を持ち、更にキーアイテムも持っていたからと、そう言いたい

訳?」

「そういうワケ」

 では、自分のキーアイテムはなんだったのだろうと思ったが、召喚が済んでしまった今となっては、キーアイテムが何で

あれ、もはやどうでもいい問題だった。それよりも、実在していたかも怪しいロサキネンシスにまつわる持ち物の方が気

になってしまった。存在自体眉唾物な彼女の持ち物って一体何なんだろう? まあ、尋ねても知らないのだろうけれど…

…。

「はあ。素性の知れないあなたなんかを呼び出してしまうだなんて、私ったら本当についていませんわ。まさに私の人生

そのものです」

 思わず苦笑がもれる。そして、嫌みを込めてわざとらしく盛大な溜め息をついて見せた。が、

「いやー、それほどでも」

 にへらと締まりなく笑む女性に無意識にかわされてしまって、豪快にのれんに腕押し状態だった。

「いや、褒めてないっ!」

 まったく。女性が醸し出している独特な雰囲気に飲まれてしまって、ちっとも自分のペースへ持ち込めやしない。少し

シャクに思ったけれど、こうなったら、もう完全に相手のペースへ乗ってしまった方が精神衛生上良いかもしれない。

「で、サーヴァントさん。あなたのお名前は? 私との関係は? どんなことがお得意なの? 聖杯の奪い合いをするの

ですから、それ相応の力をお持ちなのでしょう?」

 キーアイテムが何であれ、目の前にいる――自分と縁があるという――、この女性。その正体は一体何者なのか。縁

があると言われると、やはり気になってしまう。

「そうだね」

そう言うとサーヴァントは、瞳子の横をすり抜け、部室へ通じる扉の方へと歩いて行った。

「ちょっと、どこへ行くつもりです? 話はまだ」

「話が長くなりそうだから、紅茶でも淹れようと思って。給湯設備はある?」

 話をスルーされると思い、慌てて背中へ声をかけると、女性は肩越しに振り返って逆に尋ねてきた。

「飲み物なら、私の水筒にホットかりんが」

 後を追って瞳子も部室へと向かうと、鞄の横に置いてある水筒を指差した。ちょっぴり大目にハチミツを加えた自家製

ホットかりんが入った水筒を。

「うーん、ホットかりんも悪くないけれど、せっかくだしお茶にしましょ。ね」

 そう言うと、ウインク1つ。

「あなた一体何様のつもりですの。まさかソムリエールのサーヴァントとか言いませんわよね?」

 なんとなく、あなたのホットかりんなんて飲めないと言われたような気がして、思わず語気を荒げてしまった。

「言わない言わない。って言うか、そもそもソムリエールはワインの給仕人のことで紅茶とは関係ないわよ」

 そんな瞳子の口撃をサラリとかわし、ニッコリと笑む女性。その横顔を見ていたら、一瞬、知っている誰かの顔に似て

いる気がした。

「じゃあ、あなたは一体……」

「私はクラス フォーチュンのサーヴァントよ」

「フォーチュン?」

「ともかく、込み合った話は後。とりあえずお茶にしましょ」

 

 

第4章へつづく

 

 物語の最低限の設定等も織り交ぜつつ、瞳子編導入部のまとめにしようと思っていたのですが、ふたりの掛け合いが

楽しくなっちゃって、気がついたら2話分使っても収まらないボリュームになってしまってました。とりあえず、瞳子ちゃんの

召喚のくだりは次回で終わりますので、もう少々お付き合いください。

 

 さて、今回クラスが判明したふたり目のサーヴァントですが、フォーチュンのクラスは作品オリジナルです。以降

も、Fateに登場するセイバーやアーチャーなどの原作サーヴァントは登場しません。今作のサーヴァントには、その人

物のイメージに合ったオリジナルのクラス名を付けて登場させていきます。誰がサーヴァントになり、どんなクラスで出て

くるのか、そのへんも楽しみにしていただければと思います。

 

 

 

第2章novel top第4章

inserted by FC2 system