『true love』
■act.02:『モヤモヤドキドキトキメキ』 「さてと。目的も果たしたし、そろそろ私たちも帰ろう……ん、マナ?」 心の中で詫びつつ出て行くまこぴーを見送ってからマナに声をかけると、隣にいたはずのマナの姿がなかった。 慌てて視線を巡らすと、 「ねえ、ねえ、六花。ちょっと来て来て!」 マナの弾んだ声が部屋の奥から聞こえてきた。 「ちょっと何やっているのよ。控え室っていっても勝手に物色したら怒られるわよ」 声のした方、カーテンで仕切られていた部屋の奥へと行ってみると、そこには興奮気味のマナの姿。その前には衣料 品店で目にするようなハンガーラックが3つ並んでいた。 「これは……」 ハンガーラックには、おそらく今日の撮影でまこぴーが使う(もしくは使った?)であろう衣装の数々が掛けられていた。 きらびやかな衣装はどれも華やかで目を引くものばかり。さすがに日常生活で着る勇気はなかったけれど、女の子な ら誰もが憧れるアイドル衣装だ。 でも、私やマナの眼が釘付けられたのは、きらびやかなアイドル衣装ではなく、ハンガーラックの奥に佇んでいた"ある モノ"だった。 「これ、ウェディングドレスだよね」 それは、純白のウェディングドレスを身につけたマネキン人形。引き寄せられるように私とマナは、着飾ったマネキンの 前へ歩み寄った。 「純白のウェディングドレス……素敵ね」 「うん。女の子だもん憧れちゃうよ〜」 派手な装飾品が付いているわけではないのに、キラキラして見えたのは目の錯覚だったのだろうか? 私たちは喋る のも忘れてウェディングドレスを見つめていた。 すると、 「もしかして、これもウェディングドレスじゃない?」 やぶさかに、マナは傍らにあったラックを指差した。つられて見てみると、確かに純白のドレスが何着も掛けられていた。 「あは、ウェディングドレスの試着体験に来たみたい。六花はどのドレスがいい?」 はしゃいだ声で言うが早いか、マナは私服を買いに来たような感覚でドレスを物色しはじめた。 「ちょっ!」 手つきこそ慎重だったけれど、撮影で使う衣装を勝手に触ってはまずかろう。私は慌てて止めたが、まったく意に介す ことなくマナは物色を続け、やがて1着のドレスをラックから取り上げると、 「六花には、このミニのやつとか似合いそう。ほら」 そのドレスをニッコリ笑顔で私の前へ差し出した。 「ほらって……。まこぴーの衣装かもしれないんだから勝手に着ていいわけないでしょう!」 私だって女の子。マナに負けないくらいウェディングドレスに憧れがあったし着てもみたかった。でも、だからといって勝 手に触ったり身に着けるのは、例え丁寧に扱ったとしても褒められる行為ではない。 一瞬手が出てしまったけれど、寸でのところで自制心が働いた私はドレスへ伸ばしかけていた手を慌てて引っ込めた。 「もう、六花は真面目さんだなあ。着るんじゃなくて身体に当てて合わせてみるだけ。それなら問題ないでしょ」 まるで我慢しているこちらが変だと言わんばかりのお気楽さで、マナはにへらと笑んでみせた。 「真面目さんって、そういう問題じゃないでしょうに!」 それでも私がムキになって拒み続けていると、さすがにじれたのか。マナは私の手を取って強引にドレスを掴ませた (もちろん、ハンガーの部分を)。 「はい、もう共犯でーす♪」 「あなたねえ……」 ニマ〜っと笑むマナに私の溜め息が重なる。 私はドレスに触れないようハンガー部分をギュッと握り緊めたまましばらく無言でドレスを見つめていた。 薔薇をあしらった装飾と繊細でふわっとしたレースのスカート。確かに可愛いし見ているだけで胸の奥がキュンキュン する。でも、可愛いからといって誘惑に負けるわけにはいかない。だって、私まで誘惑に負けてしまったら、突っ走るマナ を誰が止めるというのか。 「……」 でも。マナの言うように、ムキになって拒み続けている私の方がおかしいのだろうか。大げさに考えすぎなのだろうか。 チラリとマナを見ると「ほら、合わせてみなよ」とニッコリ笑顔が訴えている。 「……」 結局、私は誘惑に負けてしまった。マナの笑顔に押し切られたというのもあったのだけれど、最終的に憧れが自制心 を上回ってしまったのが正直なところだった。 ああ、あれだけ良識家ぶっておいて結局誘惑に負けてしまうだなんて……。私の自制心も所詮はこの程度。大人きど りで良識者ぶってみたけれど、まだまだお子ちゃまだったってことね。 自嘲気味に笑むと、私はシワや汚れがつかないようにドレスをそっと身体に当て、おずおずと姿見の前に立ってみた。 あれだけ拒んでおいてなんだけれど、期待と興奮で胸はドキドキだった。 「わわっ!? このドレス、スカート短か過ぎない? 膝上何センチよ!?」 鏡に映った自分の姿を見た刹那、私は卒倒しそうになった。 想像以上に似合わなかった、わけではない。見ているだけでは、ちょっと短い程度にしか感じなかったドレスのスカート が極端に短かったのだ。 身体に当てたドレスの裾は膝の遥か上。今着ている青いワンピが、ドレスのスカートの短さを強調させるかのように私 の踝の辺りで裾を揺らしていた。 「ホントだ。下着見えちゃいそうだね」 そう言って笑むマナ。いや、さすがに見えはしないだろうけれど、確かに見えそうではある。 おそらく、アイドル衣裳風にアレンジされたウェディングドレスなんだろうけれど、まこぴーはこんなドレスも着て撮影した のだろうか? 私は違う意味でもアイドルの大変さを痛感してしまった。 「今までの人生でこんな短いスカート穿いたことないわ」 「そういえば六花はいつも丈が長めのワンピだもんね」 「うん」 隣りで違うドレスを当ててポーズをとっているマナを横目に、改めて鏡の中の自分と向き合う。一瞬、このスカートから 自分の生足が伸びている姿が浮かんで顔から火が出そうになったが、マナに倣ってドレスを身体に当てたまま姿見の前 で軽くポーズを取ってみると、羞恥心などどこ吹く風か。自分でもビックリするほど気持ちが高揚してきた。 やっぱりウェディングドレスには乙女心を魅了する不思議な魔法がかけられているのかもしれない。 「でも、六花に似合ってると思うよ」 しばらく鏡の中の自分と向き合っていると、顔だけをこちらに向けたマナが私の姿を眺めながら、うんうんと頷きつつそ んなことを言ってきた。そして、唐突に正面を向くと神妙な面持ちとなり、 「ホント可愛い。コホンっ。えー、新婦菱川六花は、新郎相田マナを生涯愛することを誓いますか?」 私の目の前にうやうやしく手を差し伸べ、誓いの言葉を求めてきた。 「なっ!?」 もちろんそれが冗談とわかってはいたのだが、そうとわかっているにもかかわらず私は赤面してしまった。それどころ か、心臓がバクバクと高鳴って気恥ずかしさ全開。「誓います」と乗っかることはおろか、「馬鹿言ってるんじゃないわよ」 と突っ込む声も絞り出せなかった。 (もう、私ったら何を変に意識しちゃってるのよ。ただの冗談じゃないの) そう自分に言い聞かせるも、動揺しまくりで変な汗が止まらない。私は意味もなく咳払いをして、平静さを取り戻そうと 必死になって頭を振った。 すると、私が冗談に乗ってこないと判断したのか。手を引っ込めると、マナは「よいしょ」と呑気な声を出して私の脇でお もむろにしゃがみこんでしまった。 今度は何事かと見ていると、マナは私のスカートの裾に指を掛け、摘み上げようとしていた。しかも、ドレスではなく私 が着ているワンピースの裾を。 「……マナ」 「んー、何?」 ジト目で睨む私に視線を合わすことなく、マナは生返事を返した。 「何してるの?」 「その…、生足が見えた方が可愛いかな〜なんて」 一瞬の沈黙。 「めくったら、ぶつから」 「ひゃん、六花ちゃんコワイっ」 「ひゃんっ、じゃないの! まったくもう」 私は抱えていたドレスを静かにハンガーラックへ戻すと、裾を摘んでいる手を払いのけ、襟首を掴んでしゃがんでいる マナを強引に立たせた。 「ほら、用は済んだんだから帰るわよ」 もう少しドレスを眺めていたかったけれど、もはやそんな空気ではなくなった。私はわざと不機嫌に声を荒げると、マナ に背を向けて歩き出した。 「あーん六花ぁ」 「何よ」 「ゴメン」 「……。わかってるわよ。まったく、謝るなら最初からやらなければいいでしょ」 大げさに溜め息をついてみせると、ここでようやく私はマナの方へと振り返った。 マナのおふざけのおかげでさっきまでのモヤモヤした気分も吹き飛んでいた。まさに怪我の巧妙というやつか。 (いや) 今のは怪我の巧妙なんかじゃない。今のはたぶんマナの気遣いだ。明らかに動揺していた私を和ませるためにやった 計算ずくのおふざけ。マナとは年季の入った腐れ縁だし、彼女の性分は理解しているから私にはそう思える。 だから、私も声を荒げたものの本気でおこっていたわけではないし、それを承知していたマナも、案の定神妙な顔つき などせず、舌をぺロっとだして軽く頭をかいていた。他人から見れば、とんだ茶番劇だと思う。
でも。 茶番劇だとしても、人がどう思っていようとも……。 こんな風にマナとじゃれ合うのが好き。 屈託なく笑むマナの笑顔を見るのが好き。 こんなふたりだけの関係が好き。
−ワタシハマナノコトガスキ−
「だって、ふたりではしゃぐの久しぶりだったからさ、つい嬉しくなっちゃって」 不意に視線が交差すると、マナは悪戯っぽく笑んだ。 「確かに、ふたりっきりで何かするのって久しぶりかも。プリキュアになってから、ありすやまこぴーたちと一緒に行動する ことが多くなったものね」 だから。ありすもまこぴーも好きだし、4人でわいわいお喋りするのも楽しいのだけれど、マナとふたりで過ごす時間が 減ってしまったという意味では、ちょっと淋しい気がしていた。 別に独占欲云々ではないのだけれど、ふたりでいると気が休まる。気恥ずかしいので、顔や態度には絶対出したくな いけれど、やっぱりマナは私にとって特別なんだ。 (特別……。何が特別なんだろう?) そんなことを考えていると、 「ねえ、せっかくふたりっきりなわけだし、今日は久しぶりにデートでもしない?」 ニッコリスマイルでマナが腕に絡み付いてきた。 「えっ、デート!?」 「うん。帰りにどこかに寄って行こうよ」 なんだ。デートっていうより、寄り道じゃない。ウェディングドレスの一件をまだどこかで引きずっているのか、私は恋人 のようなロマンチックな展開を想像してしまった。へんな期待をしてしまった自分に思わず苦笑がもれる。 「だったら、本屋に寄って参考書でも探す?」 私は、わざとそっけない態度で色気のないプランを提案した。 「えー、それじゃデートらしくないよ〜」 頬をぷうと膨らませてふくれっ面のマナ。それを見つめながら、私はひとり満足げにほくそえんだ。 「なら映画……観るほどお小遣い残ってないし。じゃあ、コンビニでアイス買って高台のお花畑公園にでも行く? そろそ ろひまわりが満開になるころだろうし」 「あ、いいね。あそこのひまわり園、夏の香りがしてあたし大好きなんだー」 夏の香りって何?と思っていると、絡めていた腕を解いてマナはぴょんと一歩前へ出た。 「それじゃ、けってーいっ!! ほら早く行こ」 「うん」 差し伸ばされたマナの手を握り返す。ちょっとだけ汗ばんでるあったかいマナの手。 (そういえば、子供の頃もこうやって手を繋いで家へ帰ったっけ……) 幼少時代とまったく変わりない安心出来る温もり。ただ、唯一当時と違ったのは、マナと手を繋いだ瞬間から胸のドキド キが止まらなくなっている私自身だった。
舞台が時期はずれの真夏だということには、とりあえず目をつぶっていただくとして。。。 六花の一途な想いマナへ届けーーっと願いを込めて書いてみました。 心理描写がへたっぴーではありますが、ほんの少しでも六花のドキドキが伝わっていただけたなら幸いに思います。 次回はいよいよ完結編。更に趣味を暴走させてクライマックスへ突入していこうと思っておりますので、もしよろしけれ ばお付き合いください。
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