『島津由乃のスポーツ大将? “夏”』

 

■後編:熱いぜ!

「3種のメロンパフェとメロンカキ氷お待たせしました」

 入店してすぐに注文した自分の分のパフェと、可南子ちゃんが注文したカキ氷が運ばれてきた。

 店内はエアコンが効いていたので、入店した瞬間に涼を得ることは出来ていたのだけれど、さすがのエアコンでも喉の

渇きまでは満たしてくれない。由乃は、待ってましたとばかりにスプーンを手にすると、オレンジ色をしている夕張メロン

のソフトクリームをすくい、一気に口へと運んだ。

「うーん、甘〜い。冷た〜い。寄って大正解だったわー」

 瞬間、口の中に濃厚なメロンの風味がぱーっっと広がり、シアワセな気分になる。カラカラだった喉も潤いを取り戻し

て、ようやく人心地。おのずとその表情も緩んだ。

 チラリと向かいの席の可南子ちゃんを見ると、のんびりおしぼりで手を拭いている最中で、まだカキ氷に手を付けてす

らいなかった。

「溶けちゃうわよ」

 せわしなくスプーンを動かしながら言うと、「そうですね」と呑気に答えつつ、ようやく可南子ちゃんはメロン風味の雪山

へスプーンを差し込んだ。

 メロンソースのかかったカキ氷の四方にバニラアイスも乗っかっている豪華版。ないものねだりではないけれど、由乃

はカキ氷も良かったなと思った。

「あ、美味しい」

 由乃に言うわけでもなくポツリと呟くと、可南子ちゃんも夢中になってスプーンを動かしはじめた。何だかんだでやっぱり

喉が渇いていたようだ。

「……」

「……」

 会話を交わすことも忘れて、ひたすらスプーンを口へ運ぶ作業を繰り返すふたり。話しをしたくないわけではなかった

のだが、今はとにかく涼と潤いを得るのに集中する両者だった。

 

「ふー、満足満足」

 盛られていたソフトクリームやフルーツを、自分でもビックリするくらいあっという間にたいらげた由乃は、器の中ほどに

あるメロン風味のプリンとシリアルをスプーンで突付きながら、満足げに顔を上げた。

「ところで。さっき試合って言っていたけれど、それって紅白戦?」

「違いますよ。インハイの予選です」

 可南子ちゃんは視線だけを由乃に向けると、そう答えた。

「ふーん、インハイか。それは大変だね」

 それに適当な相槌を入れてプリンとシリアルを頬張る由乃だったが、次の瞬間、モグモグしていた口がピタリと止まっ

て目を大きく見開いた。

「……って今、インハイ、インターハイって言った!?」

 お笑い芸人のようなノリ突っ込み。さらに、見事な二度見のオマケ付き。

「そんなに驚くことないじゃないですか。お嬢さま学校のリリアンにも一応出場資格はあるんですから」

 過剰反応する由乃とは対照的に、カキ氷をマイペースで食べながら可南子ちゃんは冷静な声で答えた。

「まあそうだけど。でも、私が驚いたのはリリアンが出場するってところじゃない」

「はあ。じゃあどこです?」

 何を大げさに驚いているんだと言わんばかりにポカンとしている可南子ちゃんに、テーブルの上に乗り出さんとする勢

いで由乃は迫った。

「あなたが出場メンバーに選出されてるってところよ。確かバスケを再開して、まだそんなに経っていなかったわよね」

「そうですね……8ヵ月くらい、かな」

 指を折りつつ記憶を辿って可南子ちゃんは答えた。

「その間、試合は?」

「他校との練習試合は1回。部の紅白戦なら、何十試合もやっていますけれど」

 答えつつ由乃から視線を外すと、可南子ちゃんはカキ氷とバニラアイスが乗ったスプーンを口へと運ぶ作業へ戻った。

もしかしたら、目の前でひとり熱くなっている由乃の質問攻めが少し鬱陶しくなったのかもしれない。

「インハイでは控え?」

 だけど、可南子ちゃんに鬱陶しがられても由乃の勢いは止まらない。いや止められない。鬱陶しがられようと何だろうと

お構いなしで、由乃は質問を続けた。

「いえ。一応、ポイントガードでスタメンです」

「スタメン!! 種目は違えど、半年以上剣道を続けている私は、まだまだ初心者マークが取れていない見習い剣士だっていうのに!?」

 現役に復帰してまだ8ヵ月程度の、しかも1年生がまさかインハイのスタメン!?

 思うような成果が得られないどころか、うだつが上がる気配すら感じられない由乃にとって、可南子ちゃんの大躍進は

信じ難いことだった。

(私だって頑張っているのにこの差は何? まさに天国と地獄じゃない。こんな理不尽、許せる?)

「ブランクがあったとは言え、私には中学時代から積み上げてきたものがありますから」

 黙り込んで由乃が心の中でヤキモキしていると、そんな心中など知りませんとばかりに可南子ちゃんはサラリと言っ

た。

「あ」

 その一言で由乃は、頭に上っていた血がスッと下がり、そして納得した。

 自分は、高一の冬まで心臓の病で軽い運動すらまともにすることが出来なかった。それに対して、彼女は中学時代か

らずっとバスケ部で練習に励んでいたんだっけ。

 確かに、そんな彼女のポテンシャルを自分と同じ尺度で測っては失礼。可南子ちゃんは、今までの努力が報われ、選

ばれるべくしてスタメンに選ばれたわけだ。

「それに。申し訳ありませんけれど、黄薔薇さまとはセンスが違います」

 一方的な口撃をしていた由乃への反撃。という意図はなかったのだろうが、チクリと由乃の胸を刺す一言が可南子

ちゃんから放たれた。

「言ってくれるわね」

「ですから、先に謝らせていただきました」

 もう、なんて可愛げの欠片もない後輩なんだろう。でも、ここまではっきり言い切ってくれると、スポーツ選手って感じが

して逆に清々しい気がする。

(よほど自分のテクニックに自信やプライドを持っている証拠ね)

 揺るがない自信なんて自分とは無縁な世界だけれど、剣道をやっているときの令ちゃんも、今の可南子ちゃんみたい

な目をしていた。だから、彼女がどれだけバスケ好きで、どれだけ自分のテクニックに誇りを持っているのか由乃にもな

んとなく理解出来た。

「そっか、インハイ出るんだ。……スゴイなあ」

 自分を真っ当なスポーツ選手だなんて思ったことは1度もなかったけれど、まがいなりに由乃も剣道部に在籍している

剣士。スポーツをする者として、可南子ちゃんのことを素直に尊敬してしまう。

「じゃあ、出るからには優勝ね」

「優勝? 地区予選で、ですか?」

「冗談。本戦でに決まってるじゃない!」

 可南子ちゃんの鼻先に勢い良く人差し指を突きつけながら由乃は勝気に笑んだ。

「無理をおっしゃる。お世辞にもリリアンバスケ部は強くありません」

 自信とは裏腹に弱気な発言だった。冷静にリリアンバスケ部の戦力を分析していると言った方が良いのだろうか。

「それに、途中復帰だからと言っても私は湘北のミッチーみたいな超高校級プレイヤーではありませんし、翔陽の天才藤

真でもないので、チームの救世主にもなれません」

「は? 湘北? ミッチー? 藤真?」

 一瞬、話しがどこへ飛んだのか理解出来なかった。ミッチーやら藤真やら、一体誰のことだかさっぱりわからない。高

校バスケの有名人かとも思ったが、記憶を辿っていくと、意外なところに答えが転がっていた。

「はは、やっぱりスラムダンクはバイブルなのね」

 それはバスケを題材にした少年漫画。由乃は読んだことはなかったけれど、クラスの友人がコミックスを持ってきたと

きに、いやってほど話を聞かされたっけ。バスケをやっている中高生を中心に愛好されている大人気作品で、バスケを

やっている可南子ちゃんも、その例にもれることなく愛読しているらしい。

「ちなみに、私は海南大付属の牧さんが大好きなんです。何故かと言うと……」

「わかったわかった」

 バスケはバスケでも、なんだか違うスイッチが入ってしまいそうだったので、由乃は慌てて可南子ちゃんの話をストップ

させた。

 大好きな牧さんの話を止められて、可南子ちゃんはちょっと不満そうな顔をしたが、スラムダンク談議には付き合える

気がまったくしなかったので、申し訳ないけれど勘弁してもらうことにした。

「で、試合はいつからなの?」

「今週末に地区予選の2回戦があるんです」

 溶けかけたアイスと氷がミックスされて、メロンフロートのようになったかき氷を口に運びつつ可南子ちゃん。

「なんだ、2回戦に進んでるんじゃない」

 強くないなんて言っていたけど、リリアンも少しはやるじゃん。なんて思っていたら

「1回戦は不戦勝でしたから」

 なんてオチが、苦笑混じりの可南子ちゃんからもたらされた。

「そっか。じゃあ、今週末の試合が初戦ってわけね」

「はい」

 可南子ちゃんは真夏の太陽のような笑顔で微笑んだ。勝ち負けはともかく、好きなバスケが出来ること、そしてバスケ

でインハイに出られる(まだ予選だけど)ことが本当に嬉しいんだろうな。ちょっと、そんな彼女のことが羨ましく思えた。

「まずは初戦、勝つわよね」

 話を聞いているうちにすっかりサポーター気分になってしまった由乃は、そんな問いかけを投げかけた。

「それはなんとも。今度の相手は、インハイ出場経験のある強豪高ですから」

 強豪高と言われても由乃には正直ピンとこなかった。

 箱根駅伝の優勝常連校くらい強いのだろうか。まあ、駅伝とバスケは簡単に比べられないだろうけれど。

「でも。大好きなバスケが出来れば、試合に出られるだけで満足だなんて思いませんし、やるからにはもちろん全力でぶ

つかって、勝利を目指します」

 そう言う可南子ちゃんの双眸には、力強い光が閃いていた。

「うん、頑張ってね」

「ありがとうございます。……で、あの、黄薔薇さま」

「ん?」

 頼もしい将来のエース候補だわね。なんて考えながら可南子ちゃんの顔を見つめていると、そんな彼女からためらい

がちに声をかけられた。

「あの……、もしよろしければ応援に来ていただけませんか?」

「応援?」

「はい」

「2回戦の?」

「はい。おまじないやげんかつぎってあまり信じないんですけれど、応援の後押しがあれば、実力以上の力が発揮出来

るかもって思って」

 言われてみれば確かに、プロの選手なんかも、良くそんなことを言っているような気がする。相手が格上ならば、尚更

かもしれない。

「別にかまわないけど。じゃあ、山百合会総出で応援に行こうかしら」

「え、総出でですか! じゃあ紅薔薇さまも!? もし、紅薔薇さまが来て下さるのなら、格上相手でも勝利確定ですよ」

「ちょっと、本当に来て欲しいのは祐巳さんかい!」

 冗談交じりに由乃が握った拳を掲げると、

「はは、半分冗談です。確かに祐巳さまに来ていただければ嬉しいですし力も出ると思いますけれど、本心を言うと、私

は黄薔薇さまに、由乃さまに是非来ていただきたいんです」

 ちょっぴり照れた笑顔を浮かべながら、可南子ちゃんはそんなことを言った。

「は? な、なんで私なのよ?」

 微妙なニュアンスで言うものだから、由乃は思わず赤面。まさか、「実は憧れていたのは由乃さまの方でした」なんて言

い出さないわよね?などとドギマギしてしまった。

「半年ほど前の放課後、武道館の横を通りかかったとき、開けっ放しだった入り口から素振りをしている由乃さまの姿が

見えたんです」

「え、私が素振り? 放課後に?」

 当の本人である由乃は、可南子ちゃんが目撃したという稽古シーンの見当が、まったくつかなかった。

 半年前っていうと冬? いつの事だろう。寒稽古は放課後じゃないし、居残り稽古なんてしたことないし……。

「それはもう一心不乱に真剣な、いや、まさに鬼気迫る形相で竹刀を振られていました」

「鬼気迫るって、ただ事じゃないわね。でも私には覚えが……あ」

 口が、覚えがないの"い"の形になったとき、記憶の隅から思い当たるシーンが急激によみがえってきた。

 それはたぶん、ちさとさんと初めての手合わせをして負けた日だ。あのとき、無性に悔しかったんだけれど、その悔しさ

をどこにぶつけて良いのかわからなくて(令ちゃんも卒業しちゃったし)、武道館の掃除が終わってからひたすら竹刀を振

り回していたんだっけ。

 それこそ練習や稽古とは無縁の全力スイング。見方によっては確かに鬼気迫っていたかもしれないけれど、やれや

れ。可南子ちゃんにえらい場面を目撃されてしまった。

「その真剣な眼差しと気迫の込められた素振りにすごく心を打たれまして。もっと私も頑張らなきゃって」

「そ、そうなんだ」

 聞いていて由乃は申し訳なくなってしまった。まさか、憂さを晴らすためにやっていた乱暴な素振りが可南子ちゃんに目

撃され、あまつさえ感銘を与えていただなんて。       

「だから。あんな真剣に剣道に打ち込んでいらっしゃる剣士の黄薔薇さまに、今度は私がデビューする試合を、コートで

奮闘している姿を是非観ていただきたいんです。同じスポーツ選手である黄薔薇さまが観戦していると思うと気合も入り

ますしね」   

「ふーん」

 出来る限りのポーカーフェイスを装って返事はしてみたが、内心は心臓バクバク。可南子ちゃんが勘違いしただけで、

別に悪いことをしたわけではなかったのだけれど、妙な罪悪感に苛まれそうになった。

(でも)

 勘違いだったにしろ、結果として可南子ちゃんにとって良い方向へ作用したわけだし、考えようによっては結果オーライ

……ではないか?

「うん、全然結果オーライだわ」

 深く悩むのは性に合わないとばかりに、前向きな理屈で自分を納得させると、大きく頷く由乃。

 変な日本語が飛び出したようにも思えたけれど、今それは重要なことじゃなかったので気にしないことにした。

(しかし、こんなへっぽこ剣士をつかまえてスポーツ選手だって。まったく、気をつかってくれちゃって)

 それでも、言われて悪い気はしなかった。以前はいくら望んでも手にすることの出来なかったスポーツ選手という称号。

今の自分はそれを手に入れ、あまつさえスポーツ優等生の可南子ちゃんに仲間として認めてもらえている。

 祐巳さんや志摩子さん、山百合会メンバーとはまた違った仲間意識。なんだかこそばゆいけれど、新鮮な快感を覚え

た由乃だった。

 

「じゃ、そろそろ行こっか」

「はい」

 伝票片手に席を立つと、可南子ちゃんがポケットからお財布を抜き出したので、由乃は慌ててそれを制した。

「壮行会の意味も込めてご馳走させてもらうわ。ね」

「あ、……はい。ご馳走様です」

「うん」

 

 お店を出てから、みんなで応援に行くと改めて約束をすると、可南子ちゃんは笑顔で頭を下げ、もう1度礼を述べて去っ

ていった。

 そんな可南子ちゃんの後姿が人込みの中に消えるまで見送ってから由乃も歩き出した。

「なんか、私らしからぬことしちゃったわね」

 予想外の出費で軽くなってしまったお財布を軽く振りながら苦笑を漏らす。だけど、そんな言葉とは裏腹に、ふたりでお

喋りしたこの数十分は、剣客小説2冊以上に由乃の心を心地良く満たしてくれていた。

「真夏の太陽に負けないくらいアツイわ可南子ちゃん」

 暑さを言い訳にしてだらけかけていた由乃に、可南子ちゃんの直向さが喝を入れてくれたような気がした。自然と姿勢

もシャンとして、心なしか足取りも軽快になった、ように感じる。

「私も、暑さなんかに音を上げてる場合じゃないか」

 流石に自分もインハイを目指すなんて気にはならなかったけれど、出来る範囲でスポーツ少女しちゃおうかな。そんな

ことをぼんやりと思った由乃だった。

 

 

おしまい

 

 

 

 前後編の2話構成でしたのに、完結まで1年。いやー、えらく時間がかかってしまいましたね。でもまあ、時間がかかっ

たおかげで、ピッタリの季節に発表できたわけですし、結果オーライかな? なんて、由乃の前向きっぷりを真似てみま

したけれど、流石に1年は待たせすぎですね。お待たせしちゃって本当にゴメンナサイでした。

 さて、

  このふたりが会話したら?という疑問からスタートさせた今作。当初はインハイに出場する可南子ちゃんに由乃がヤ

キモチを焼くという話だったんですけれど、最終的に、お互いに刺激しあう奇妙な関係になるってところに落ち着きまし

た。

 キーワードは、バスケット選手としての可南子ちゃんと、スポーツ選手として誰かに認めてもらえた由乃。スポーツ成分

の少ないリリアンにおいて、スポーツという共通点で結ばれたふたりが、令ちゃんや奈々、山百合メンバー、夕子さんと

はまた違った絆を深めていくのもアリかなと勝手な想像を膨らませて書いてみました。

 ちなみに、スラムダンクの牧さんが大好きなのは、私です(笑)。

 私も学生時代バスケをしていて、私を含む部員の大半がスラムダンクの愛読者だったので、可南子ちゃんも漏れず好

きなんじゃないかなと勝手に決め付けてしまいました(笑)。でも、可南子ちゃんの身長だと、ポイントガードよりセンターっ

て感じ。翔陽の花形に憧れている方が良かったかしら?

 

最後に。

 Lilian/stay night?停滞しまくりでゴメンナサイです。

 現在、展開の見直し〜修正作業をしています。8月中には再開の見込み(?)ですので、もう少々お待ちください。 

 

 

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