『Lilian/stay night?』

 

■Introduction

 リリアン女学園で何年かに1度、秘密裏に行われるという聖杯戦争。

 聖杯に選ばれた7名のマスターと彼女たちに召喚されたサーヴァントがスールとなって繰り広げられるこの戦いは、勝

者が一組になるまで終わることのない過酷な聖杯の争奪戦。

 この聖杯戦争に勝利したスールは、手に入れた聖杯の力でいかなる願いも叶えられるという。

 20××年冬、聖杯を求む7組のスールがリリアンの地に顔を揃えた。

 前回より数十年のときを経て、今、聖母が見守る聖地リリアンを舞台にして新たな聖杯戦争の幕が上がる。

 

 

■第1章:12月14日(土) 13時47分 福沢祐巳/『めぐりあい』

"誰かを選ぶということは、

他の誰かは選ばないということなのよ?"

 

(そんなことわかってるわよ。それでも私はっ)

 

ゴガっ……。

「うにゃっ」

 自分の上げた絶叫にビックリして、夢の世界から現実へ引き戻された祐巳。驚いた拍子に頬杖をついていた腕がカク

ンと倒れ、乗せていた顎をしたたかに机へ打ち付けてしまった。

「アタタタ……」

 痛みと同時に、脳まで揺れたような強い衝撃。祐巳は目の前に浮かぶ星を払うように軽く頭を振ると、涙目になりなが

ら突っ伏していた机から上体を起こした。

 舌を噛まなかったのは幸いなどと思いつつ、ゴシゴシと両の眼をこすりながら周囲を見回す。だが、そこは見慣れた自

室や学校の教室ではなかった。いつも使っている学習机もベッドも見当たらず、黒板やロッカー、居眠りを注意する先生

もいない。

 そのかわり建築関連の書籍やファイルが収まっている書棚、付箋がいっぱい貼られているパソコン、予定が細かく書

き込まれているカレンダーなどなど、自分とは縁遠いモノばかりが目に飛び込んで来た。

 更に、自分が座っている椅子も、リクライミング機能が付いている革張りの豪華なモノだったし、机も使い慣れた学習

机ではなく、スライド式のスケール(定規)が設置されている製図用のデスク。サイドテーブルには、自分で使っていたの

か、コンパスや雲形定規などが散乱していた。

「あれ、ここってどこ……?」

 一瞬、まだ夢の中なのかと思い混乱しかかった。しかし、冷静になってもう1度室内を見回すと、頭からすっぽ抜けてい

た記憶が次第によみがえってきた。例えば、あのパーテーションの裏に、自宅へ続く扉があるはず、とか。

「そうだ、ここ、お父さんの事務所だ」

 自宅と繋がっているここは、一級建築士の父、祐一郎の設計事務所。祐巳は昨晩、お父さんへ無理を言って事務所、

厳密に言うと事務所にある製図デスクを借してもらったのだ。桂さんたちとのクリスマス会でプレゼント交換するつもりの

赤い薔薇をモチーフにしたアクセサリーのデザイン画を描くために。

 模造紙に考えたデザイン画を描くだけだったので、自室の机でも問題なく作業は出来たのだけれど、父親が設計士

で、自宅にも本格的な製図道具が揃っているのだから利用しない手はない。製図デスクで気合をいれたデザイン画を描

いて、市販のアクセサリーに負けないモノを作ってやろう(紙粘土製だけれど)。なんて息巻いていたわけなのだが。

 窓から差し込む日差しがあまりにも心地良くて、頬杖をついてぼんやりと作業中の模造紙を眺めていたら、ついつい船

を漕ぎだしてしまったのだった。

 まったく。いくら意気込んでいても作業せずに居眠りしてしまっては意味がない。製図道具だって宝の持ち腐れだ。

「せっかく製図デスクと製図の道具まで貸してくれたのに、寝てちゃ駄目すぎでしょ私」

 そう言って、頬を両手でピシャリと叩く祐巳。それで気合が入ったかどうかは謎だったが、かすかに残っていた眠気は

頭から抜けた気がした。

「さて」

 手に取った製図用の極細シャーペンで鼻の頭をかきながらデスクに広げられた模造紙に目を落とす。そこには、コン

パスで描いた円に薔薇の蔦が絡まっていて、中央に3つの薔薇が配置されているラフデザイン画が描かれていた。なん

とかここまで描き上げて寝てしまったのだ。

「簡単に描けると思ってたけれど、意外に難しいなアクセサリーのデザインって」

 思わず、設計や建築をこなす父の才能は受け継げなかったなと苦笑いしてしまった祐巳であったが、デザインの経験

が皆無の祐巳がアクセサリーのデザインに苦戦するには至極当然のこと。世には、アクセサリーのデザインを専門に

扱っているデザイナーさんなどもいるわけで、素人に簡単にデザインが出来てしまってはデザインを生業にしているプロ

の皆さんがこぞって職を失う半目になってしまう。

 祐巳は、サイドテーブルに置いてあったカップに手を伸ばした。さっきまで熱々だったココアは居眠りしていたせいで、

すっかり飲み頃を過ぎ、ちょっぴり冷めてしまっていたが、糖分を摂取したことで、ボケボケだった思考が若干活性化し

た気がした。

「よーし、それじゃ再開しますか」

 リクライミングする背もたれに身体を預け、頭の後ろで両腕を組んでストレッチ。居住まいを正して作業再開。今度は

寝ないぞと気合を入れなおしていたら、その出ばなをくじくように模造紙がヒラリと床へ舞い落ちた。

「おっと、いけない」

 誰もいないのに照れ笑いを浮かべながら床へ手を伸ばした刹那だった。模造紙に描かれたサークル状の蔦の内側か

ら、かすかな光がもれたような気がした。

「ん?」

 ちょっと気になったものの、目の錯覚だと思い、祐巳は模造紙に指を掛けた。すると、それを合図にしたように今度

はサークルの中央から、まばゆい閃光が間欠泉の如く勢いでまさに湧き出してきた。

「ちょっ、何これ!?」

 祐巳はあまりの光景に椅子から転げ落ちた。そして、床へペタンと尻餅をついたまま、目の前で湧き上がている光の

柱を両目を見開いて見つめた。

 どのくらいの時間、湧き出る光の渦が部屋で渦巻いていただろう。しばらくすると圧倒的だった光の渦は潮が引くように

収束していき、あとには模造紙だけが残された。

 光と共に吹き荒れた旋風で、書棚に納まっていた一部の本や机の上の書類ケースが吹き飛んでしまい、パーテーショ

ンまで傾いていた。まさに、プチ台風一過が如く一瞬の出来事。

 この騒ぎを聞きつけた両親や祐麒が事務所へなだれ込んでくるかもと思ったのだが、よく考えたら両親はふたり揃って

デパートの歳末セールへ、祐麒は友達と朝から出かけていて今、福沢家には祐巳しかいなかった。

「……」

 あまりの衝撃に頭がパニックの範疇を超えてしまった祐巳は、床へへたり込んだまま、ただ呆然と部屋の惨状を見つ

めていた。

「な、に、これ? まだ夢の中にいるの?」

 現実から逃避するように頬をつねってみたが、加減をせずにつねった頬は期待に反して思いっきり痛かった。

「ここはお父さんの事務所で台風が起こるわけがなくて光が……」

 混乱している頭の中を整理すべく、順だてて今起きたことを振り返ろうと試みるが、混乱したままの頭ではそれも叶わ

ず。ただただ床へへたり込んで呆然とするのみ。しかし、ふとあるものが視界に入ると、大きく心臓が跳ね上がり、混乱

が恐怖へと変わった。

(誰かいる!)

 混乱しすぎていて今までまったく気がつかなかったのだが、模造紙の先、自分から1メートルほど離れた所に誰かの足

が見えたのだ。黒いストッキング、スネの辺りでかすかに揺れている深い色のスカート。福沢家でこんな格好をする人物

はいないので、明らかに家族以外の部外者がそこにいる。

(ま、まさか空き巣がフラッシュを焚いて侵入してきたの? どうしよう)

 フラッシュ空き巣などありえない想像だったが、恐怖のあまり立ち上がることが出来なかった。祐巳は片方だけ脱げた

スリッパに構うことなく、人影からジリジリとあとずさりつつ、少しずつ視線を上げていった。すると、

「え、これって……!?」

 祐巳は違う意味で息を飲んだ。目の前に立ち尽くす人物は、なんと祐巳が通っているリリアン女学園高等部の制服を

身に纏った女性だったのだ。

 威風凛々とした佇まい、涼やかで自信に満ち溢れた眼差し、腰まで伸ばされた美しい黒髪。人間離れしたその美しい

顔立ちに祐巳は思わず魅了されそうになった。

「サーヴァント ロサキネンシス、召喚により現臨」

 半ば呆けて、突如現れた女性を見つめていると、頬にかかった黒髪をしなやかに払いながら女性はそう告げた。

「は? ロサキネンシス!?」

 あまりにも唐突すぎて意味が理解出来なかったが、ロサキネンシスという言葉は聞いたことがある。リリアン女学園を

守護する3人の聖乙女のひとりで、紅薔薇とも呼ばれている女性のことだ。確か、生徒会である山百合会本部、薔薇の

館に紅・白・黄の三薔薇の姿を模したステンドグラスがあったはずだ。じっくり見た記憶はないけれど。

(でも、三薔薇も紅薔薇も伝説上の聖乙女じゃなかったの?)

 突然光の渦が部屋で渦巻いたと思ったら、謎の女性が現れてロサキネンシスだなんて名乗ってる。あまりにも立て続

けに予想外のことばかりが起きたせいで祐巳の頭は再度パニック。状況が飲み込めず、ただ謎の女性を見つめるだけ

だった。

「問います。貴女が私のスールかしら?」

 だが、パニくっている祐巳の心中などおかまいなしに黒髪の女性は、へたり込んでいる祐巳を見下ろすと、抑揚のない

声でそう尋ねてきた。容姿が美しいだけに、無表情で見下ろしてくる表情は冷やかで、すごく怖く感じられた。

「は? スール? って、ええぇえ!!」

 冷淡な女性とは対照的に、仰け反ってうろたえまくる祐巳。

「スールって、聖杯に選ばれた生徒だけがなることを許される姉妹関係のこと? 確かにあなたのような奇麗な人となら

ば、スールになるのはやぶさかじゃないけれど……って、そうじゃなくって!」

 スールとは、リリアン女学園で語り継がれている姉妹の伝説。学園のどこかにある聖杯に認められると、何処からとも

なく自分と所縁のあるパートナーが現れ、契りを交わすことでスール(姉妹)になることが出来るという全生徒憧れの伝説

だ。

 とは言っても、実際にスールになった生徒など祐巳は見たことなかったし、都市伝説的な噂話程度にしか認識していな

かった。その伝説上の存在がまさか自分の目の前に現れるとは。

「……」

 人間離れした美貌を持つ謎の女性を目の当たりにして『貴女が私のスール?』なんて問われたら、有無を言わずに

「はい」と答えてしまいそうだが、押し切られるすんでのところで祐巳は踏みとどまった。

 目の前の女性は自らをロサキネンシスと名乗っているけれど、証拠は何一つとしてない。強いて言えば、人間離れした

美貌と、威風凛々とした佇まいくらい。それを除けば、あからさまに訝しい。

「うーん」

 急に冷静になった祐巳は、正体を探るように謎の女性を注意深く観察した。しかし、ただの高校生の祐巳がいくら注視

しても、この人物がリリアン女学園高等部の制服を着た黒髪の女性ということ以外の情報を得ることは出来なかった。

「あの……」

 このままではラチがあかない。祐巳は咳払いをすると、うわずった声で女性に声をかけた。

「あなたは誰なんですか? なぜ、私の家にいるんです?」

 伝説のロサキネンシスかもしれない。でも、ロサキネンシスやスール云々以前に、今の祐巳にとって目の前にいる女性

は、不法侵入してきた不審者以外の何者でもないのだ。場合によっては交番へ通報だってしなきゃならない。

「もう、何度も言わせないで頂戴。いい? 私はロサキネンシス、真名 小笠原祥子。貴女の召喚によって現臨したクラス

ロサキネンシスのサーヴァントよ」

 祐巳の問いかけに少し不機嫌そうに答えると、謎の女性は、祐巳の傍らまで歩み寄ってきて、

「貴女、リボンが曲がっていてよ」

 頭の左右で髪を結っているリボンをそっと直してくれた。

「ロサキネンシス、おがさわらさちこ……さま」

 かすかに微笑んで祐巳の頬へ優しく手を添えると、女性は静かに頷いた。柔らかくて温かい手の感触。その瞬間、な

ぜか祐巳から警戒する気持ちは消え失せた。

「もう1度問うわ。貴女が私のスールかしら?」

 

第2章へつづく

 

 突然ですが、フェイトとのクロスオーバー作品スタートです。アニメの『Fate/Zero』を観ているころから、マリみてとフェ

イトを合わせたら面白いかもなんて思い、ぼんやり設定やプロットを考えていたんですけれど、話をかためているうちに

予想以上に楽しくなってしまいまして。せっかくなので書いて発表しちゃうことにしました。

 舞台はリリアン女学園。ただ、蓉子さま世代から菜々世代までがリリアンに共存するパラレルワールドで、一部の人物

はサーヴァントとして登場させていきます。

 世界観が大きく異なる2つの作品をうまくミックス出来るかどうかはわかりませんけれど、それぞれの作品の持ち味を

生かしつつ、リリアンで聖杯戦争というミスマッチ感を楽しめるような話にしていければと考えていますので、よろしけれ

ばお付き合い願えればと思います。ちなみに、20章近く続く予定です。

 それと、本作と並行して、従来のマリみて二次創作も続けて行きます。『孤峰の白薔薇』『そんなこんなの後夜祭』の続

きも近日公開出来るよう作業を進めますので、もう少々待ってやってください。

 

novel top第2章

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