『Spring here come』

 

■act02:今日からはふたりで

「おう、おう、朝からマリアさまの御前で見せ付けてくれますな紅薔薇姉妹」

 寄り添う瞳子ちゃんと同じタイミングで声のした方を見ると、同級生で写真部のエースでもある蔦子さんがカメラを掲げ

てニヤニヤしていた。

「さっそく新聞部の真美さんへ売り込もうかしら」

「なんだ、蔦子さんか。ごきげんよう」

「ごきげんよう祐巳さ、いや、紅薔薇さまと瞳子ちゃん」

 挨拶をかわす間も蔦子さんはシャッターをパシャリ。

「仲がよろしいのは結構ですけれど、多少は自重してくださらないと生徒たちに示しがつきませんわよ」

 挨拶をかわすと、到底、諭すには程遠い口ぶりで、私たちふたりを諭す蔦子さん。言われて周囲を見渡せば、遠巻き

に見つめる生徒たちでちょっとした人垣が出来上がっていた。あ、確かに目立ってる。っていうか、なんでみんなこっちを

見ているの?

「あ」

 冷静に状況を整理して、瞳子ちゃんとハグしている状況をようやく理解した私は、赤面するのも忘れて瞳子ちゃんから

飛びのいた。私ったらなんてことをしてしまったんだ!!

「でも、今年の紅薔薇姉妹のラブラブっぷりは既に全校生徒周知の事実だし、今更自重されちゃうと、ある意味で期待を

裏切ることになっちゃうかな」

 アタフタしている私の姿を、意味ありげなニヤニヤ顔で眺めながら、蔦子さんは、ファインダーを覗かないままで器用に

シャッターをきった。

 っていうか蔦子さん。私と瞳子ちゃんが全校生徒周知のラブラブ姉妹って何? 本当なの? そんなウワサ話聞いたこ

とないんだけど。

(そう言えば、さっきからみんなキラキラした目で私と瞳子ちゃんを見つめているような見つめていないような……)

 

 たった今やらかしてしまったことの恥ずかしさも手伝って、自分たちに向けられている視線が堪らなくむずがゆい。

(こんなとき、祥子さまならどうされるっけ……。ご想像にお任せしますじゃ収拾しないだろうなあ…)

 動揺のあまり、私は思わず瞳子ちゃんの腕をギュッと握りしめていた。すると、それで何かを感じ取ったのか。瞳子

ちゃんは女優魂全開で満面の笑みを浮かべると、私の腕に自分の腕を絡ませ、抱かれた仔猫のように身体を擦り寄せ

てきた。

「え、なになに瞳子ちゃん?」

 彼女の大胆な行為にまたしてもドギマギしてしまった。しかし、冷静に考えれば、さっきの私みたいに何の策もなしに大

胆な行動をとるほど瞳子ちゃんは無計画な子じゃない。きっとこれは、何かしらの考えがあっての行動に違いない。

 そんな風に思えたので、私は覚悟を決め、瞳子ちゃんの策に乗っかることにした。といっても何をどうするのが正解な

のかわからなかったので、瞳子ちゃんのふわっとしていて手触りの良い髪を、出来るだけ涼やかな表情で撫で撫でし

た。まさに、甘えん坊の妹を溺愛しているお姉さまのように。

 すると、途端、周りのギャラリーから溜め息や吐息がもれた。やっている当人は、吐息の変わりに顔から火が出ちゃい

そうなんだけどね。

(流れに任せてやっちゃったけど、私ってこんなキャラじゃないよなあ)

 

「さ、予鈴が鳴ってしまいますわ。参りましょうお姉さま」

 顔ではにこやかに微笑みながら、内心ではガグガクブルブルで動けない。そんな私を腕を組んだままの瞳子ちゃんが

ニッコリと女優スマイルでエスコートしてくれたので、なんとか足が動きだしてくれた。

 「ごきげんよう」と瞳子ちゃんが鈴を転がしたような声で人垣へ声をかけると、観衆が左右に割れ、道が現れる。なんか

行く手を遮る大海を割ったモーゼみたいなんて思ったけれど、口にはしなかった。

 

 しばらく腕を組んだまま進み、校舎とお御堂へ分岐する辺りまでくると、さすがに気分も落ち着いてきた。

「ありがと瞳子ちゃん」

「別にお礼を言われるようなことをした覚えはありません。あれ以上騒ぎが大きくなる前にあの場を退散したかっただけ

です」

「うん」

 まあ、違う意味で騒ぎが大きくなっちゃったけどね。目撃者もいっぱいいたし、こりゃ間違いなくリリアンかわら版の新学

期特大号決定でしょ。『新学期のマリア像前で、紅薔薇さまのつぼみ溺愛現場をスクープ!!』なんて見出しが躍る紙面が

脳裏に浮かんで、思わず苦笑いしてしまった。真実さんの取材、覚悟しておこう。

 

 

 ちょっと前までは考えられなかった瞳子ちゃんとのこんな姉妹関係。ここまでの道のりは長く険しく、お互いに傷つけ

あったりもしたけれど、瞳子ちゃんと姉妹の契りを交わせたことを私は本当に嬉しく思っている。

 ようやく見せてくれるようになった素の表情は、姉バカと言われてしまうかもしれないけれど、すごく可愛らしいし、気難

しくてちょっぴり意地悪な性格も、ピリリと効いたスパイスのようで、すごく心地良い。

 こんないい子をないがしろにしていただなんて、本当に私はどうかしていた。

 

 松平瞳子ちゃん。私の妹になってくれた特別な存在。

 そう、私だけのプチスール。見てくださいお姉さま。私にはこんなに可愛い妹がいるんですよ! あ、ご存知でしたね。

 

 私は、不意に彼女の頬にキスをしていた。

「な、いきなり何をなさるんですか!」

 途端、瞳子ちゃんは頬を指で押さえつつ顔を真っ赤にして抗議してきた。

「さっきのお返し。妹にやられっぱなしじゃ紅薔薇の、いや、お姉さまとしての威厳に関わるでしょ」

ウインクをパチリと1つ。すると、頬を膨らませてむすっとしていた瞳子ちゃんは、組んでいた腕を解いて一歩先に歩み出

た。

「何を言い出すかと思えば。もともとお姉さまには威厳なんてございませんでしょ。祥子さまならともかく、お姉さまにはお

似合いになりませんわ」

 むくれていたと思えば、スズメバチのような強烈な一刺しがカウンターで返ってきた。さすが口では瞳子ちゃんにはかな

わない。でも、それでこそ瞳子ちゃんってもんだ。

「でも」

「でも?」

「でも、そんな祐巳さまだからこそ、瞳子は瞳子のお姉さまに祐巳さまを選んだんですけれどね」

 ダッと数歩駆け出してから振り返ってそんなことを言う。スズメバチの一刺しに込められた猛毒の殺し文句。この猛毒

にやられてしまって、私は心の中でニヤニヤしてしまった。

 

 姉妹になった瞳子ちゃんとの絆を深めていくのはこれからだ。この1年、きっと言い争いや喧嘩もするだろう。もしかし

たら紅薔薇革命的な危機だってあるかもしれない。けれど、この子とならば、どんな困難も乗り越えて、素敵な関係が築

けると思う。

 

「では、始業式の前に薔薇の館へ行く用事がありますので、ここで失礼します」

「うん。あ、あと10分で予鈴だけれど、急いで走っちゃ駄目だからね」

「わかっています。そんなはしたないこと、お姉さまじゃあるまいし」

「なにおー!!」

 冗談で握り拳を掲げると、瞳子ちゃんはキャと身をかわす素振りも見せてから小走りで駆けていった。

 こらこら、走っちゃ駄目って言ってるでしょうに!!

 

 4月。ちょっぴり寂しかったはじまりの季節。

 気が付いたら、寂しさや心細さという雲で覆われていた私の心は、春の陽射しのような柔らかくて暖かい陽光で満ちていた。

 

 

−Fin−

 

 

 瞳子ちゃんは本当に試練の連続だったので、これからは幸せにならなきゃ嘘だよね?なんて個人的な希望だけを

ギュッと詰め込んで書き上げました。原作の雰囲気から逸脱している箇所もあったりなかったりしますが、お姉さまに甘

る瞳子ちゃんの姿をずっと理想としていたので、今回書けてシアワセいっぱいです(笑)。

 これからも機会を見ては、ちょっぴりツンツン、お姉さまにデレデレな幸せいっぱい瞳子ちゃんを書いていければと思っ

ていますので、その際は、また趣味にお付き合いください。

 

 次回は、約1年半振りに『そんなこんなの後夜祭』のつづき(完結編)を掲載予定です。またしても瞳子ちゃんエピソード

ですが、舞台になっている時期が今作から半年ほどさかのぼりますので、今作から読み始められた方はご注意くださ

い。

 

 

  

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