『マリア祭の狂言と贈り物/春うらら 拝啓、藤堂志摩子さま』

 

■act.02:春うらら 拝啓、藤堂志摩子さま

 マリア祭を目前に控えたとある春の日。

 放課後の薔薇の館には、白薔薇の私、二条乃梨子と、この春から紅薔薇となった松平瞳子のふたりきり。これといっ

て話に花を咲かせるわけでもなく、ただ顔をつき合わせてカップを傾けていた。

 今日の飲み物はお茶ではなくホットココア。棚の奥にひっそりと置いてあった粉末ココアの瓶を見つけたので、なんとな

く引っ張り出して淹れてみたわけだが、うん、穏やかな春の風を感じながら飲む温かいココアもオツなものだ。

 何も言わずに出したのだけれど、文句を言わずに飲んでいるところをみると、瞳子もまんざらじゃないみたい。お砂

糖、多めに入れたのが良かったのかな?

「お姉さまの卒業式をやったと思ったら、もうマリア祭の季節。早いですわね」

 頬杖をついて蝶がひらめく外の景色を眺めていると、両手で持ったココアのカップをふーふーしながら、目線だけ上げ

て瞳子が呟いた。

「そうね」

 本当に、光陰矢の如しとは良く言ったものだ。

 お姉さま方を送り出した卒業式、薔薇さまを送る会、入学式。気がついたら、あっという間に2ヶ月近く経過していて、私

たちは3年生になっていた。

 準備に追われて息をつく暇もなかったので、余計に早く思えたのかもしれないけれど、例えひと時でも、お姉さま方との

別れに直面して悲愁に暮れる暇すらなかったという意味では、日々が忙しく矢の様に過ぎ去ってくれて良かったと思えな

くもなかった。

「マリア祭か……」

 そして、自分が薔薇さまになって迎えたマリア祭の新入生歓迎会。

 私の脳裏に、2年前の宗教裁判の様子が鮮明に蘇った。

 志摩子さんと姉妹になるきっかけのきっかけとなった、良くも悪くもリリアンにおいて忘れ難い思い出の1つ。先々代の

薔薇さまと目の前で呑気にココアを飲んでいる誰かさんの企てで、私と志摩子さんは姉妹になるきっかけのきっかけを

得ることが出来たんだ。きっかけのきっかけってヘンな言い方だけど。

「……そういえば瞳子、あなたも早く妹を見つけなさいよ」

 風に舞う桜の花びらを目で追いながら、ぼんやりと2年前の出来事に思いを馳せていると、連鎖的に瞳子の妹問題に

行き着いた。

 この子ったら、3年生の春になってもまだ妹が出来ていないのだ。まあ、私も去年の12月まで作らなかったから、あまり

強くも言えないんだけれど……。(※すべて独自の設定ですので、ご了承の程を)

「余計なお世話ですわ。リコさんに言われなくても、お姉さまのような可愛らしい妹を見つけてみせますからご心配なく」

 私の言葉をふんと鼻であしらうと、瞳子はいつものすまし顔で飲み頃になったホットココアを"お上品に"呷った。

「そう言ってかれこれ半年近く経つんだけど……。まったく、祐巳さまが、「焦る必要なんてないよ」なんて言って甘やかす

から、この時期になっても妹が出来なかったのよ。早く決めないと今年のマリア祭で宗教裁判やっちゃうぞ」

 「私と志摩子さんのときみたいにね」と冗談混じりに言ったのだが、刹那、私の言葉を受けた瞳子の目尻が急につり上

がった。

「ちょっとリコさん、瞳子のことは良いとしても、お姉さまのこと悪く言うのはやめてくださる?」

「え、そんなつもりは……」

 そうだった。瞳子は山百合会でも近年稀に見るお姉さまっ子だった。ちょっとでも祐巳さまのことを悪く(あくまで瞳子基

準というのが厄介)言おうものなら、縦ロールを振り乱して火がついたように噛み付いてくるのだ。

 私も志摩子さんのことを悪く言われると気分が悪いから気持ちはよくわかる。でも、この子の場合、怒り方が半端じゃ

ない。そんな姿がある意味で可愛らしくはあるんだけれど、加熱しすぎると手が付けられなくなるので、悪口を言ったつも

りはなかったが、私は早めに非を認めて失言を詫びた。

「それにしても宗教裁判を持ち出すなんて、リコさんったら意外に執念深いのね。2年前の仕返しのおつもり?」

 早めの陳謝が良かったのか。さっきまでの不機嫌顔はすっかり影を潜め、それと入れ替わるように瞳子の顔には意地

悪い笑みが浮かんでいた。まったく切り替えが早いというか、いい性格しているわ。

 でも、そういう瞳子のこと、大好きだったりするんだよね。本人には照れくさくて言えたもんじゃないけれど、同じ薔薇さ

まとして瞳子が傍にいてくれることを私はすごく嬉しく思っている。何故だかわからないけれど、この子と一緒だと志摩子

さんとはまた別の安心感を得ることが出来るんだ。

「でも残念ね。瞳子は誰かさんのように仏像を愛でたりしないから、マリアさまに咎められることもないのでした〜」

「仏像を愛でてる誰かさんで悪かったわね! じゃあ、マリア様の代わりに、あのとき数珠を盗んだ罪を今ここで閻魔様

に裁いてもらうかー?」

 ダッと立ち上がってゲンコツを掲げると、同時に席を立った瞳子は頭を抑えながらキャッキャと声を上げて逃げ出した。

まるで2年前の自分たちの姿を再現しているような光景だ。

 でも、1つだけ違う部分があった。

 目の前にいる瞳子は2年前と違い、私に対して心を開き、その上、リコという愛称で私のことを呼んでくれるようになって

いた。

 時には煙たがれ、時には無視されて届かない想いに落ち込んだこともあったけれど、1年生の後半に起きた瞳子に

とっての大事件を乗り越えたことをきっかけに、少しずつ仮面を外した姿で、素顔の松平瞳子として私に接してくれるよう

になったのだ。

 困った性格はあいかわらずだったけれど、お互い弱みも屈託のない笑顔も見せ合えるようになった瞳子は、志摩子さ

んとはまた別の意味で私にとっての特別、かけがえのない存在になっていた。

 まあ、そう思っているのは私だけで、瞳子の方がどう思っているかはわからなかったけれど、それでも私は今の関係に

満足している。

 導いてくださったマリア様には本当に感謝だ。あ、観音様かもしれないかな。

 

「プリーツ乱して、はしたないぞ瞳子」

「リコさんこそ、はしたないですわよ」

 そんなふたりが薔薇さまと呼ばれるようになったわけだけれど、瞳子も私も立ち振る舞いはもちろん、気持ちの面でも

今までと変わった箇所は何1つなかった。

 薔薇さまになった今、それがいい事なのか悪い事なのかはわからなかったけれど、少なくても変える必要はないと思っ

たし、間違っているとも思わなかった。

 山百合会は、全生徒にとって特別な組織だったけれど、本当の自分を偽ったり無理をしなければ務まらない組織なら

ば、祐巳さまや由乃さま、そして志摩子さんのような素敵な人たちが集まってはこなかっただろうし、私たちだってその跡

を継ごうだなんて思わなかったと思う。

 

「ふたりして何を騒いでいらっしゃるんです?」

 テーブルの周りをグルグル回って追いかけっこしていた私たちが声のした方へ視線を向けると、いつの間にかやって

来ていた黄薔薇、有馬菜々がビスケット扉の前で立ち尽くし、呆れた顔で私たちを見つめていた。どうやら、悪ふざけの

現場を目撃されてしまったらしい。まあ、戯れていた私たちが悪いんだけれど……。

「あ、菜々さん、ちょうど良いところに。リコさんったら乱暴なのよ!」

 言うと、瞳子は菜々を巻き込むように、そそくさとその背後に身を潜めた。

「乱暴で結構! さあ、そこをどかないと菜々にも閻魔様の雷が落ちるわよ!」

「やれやれ、乃梨子さまも瞳子さまも小学生ですか。仲むつまじいことは結構なので自重しろとは言いませんけれど、自

分たちは全生徒の憧憬の的、三薔薇です。程々にしてくださらないと新聞部の日出美さまにすっぱ抜かれて『新年度の

山百合で内乱勃発!?』的な記事を面白おかしく書かれちゃいますよ」

「うっ」

「それと乃梨子さま。雷を落とすのは閻魔様じゃなくて菅公。天神様です」

 私と瞳子の顔を順番に顧みながら、菜々は悪さをした子供たちを窘めるように言った。

 もともとしっかり者だったけれど、昨年まで猪突猛進由乃さまの妹として奮闘してきた彼女の佇まいは、下級生でありな

がら妙に大人びて見える。

 薔薇さまとして肩を並べた今でこそ、菜々の存在はとても心強く思えるのだが、彼女がつぼみになりたてのころ、巧み

な物言いで言い包められたときは、あまりのことに私も瞳子も唖然としてしまったものだ。

「ふーん」

 そんな菜々を、急に真顔になった瞳子がまじまじと見つめた。

「何です?」

「更に言うようになりましたわね菜々さん」

「うん。言うようになった」

 そう言って瞳子が私の方を窺ったので、私は瞳子へ向けていた矛を納めると、ニンマリと笑んで並んだふたりと肩を組

んだ。

「こんな3人が今年の薔薇さまだなんてね」

「ですわね。でも」

「ええ。"こんな3人"だからこそ、うまくやっていけそうな気がします」

 

 私たちが揃って薔薇さまと呼ばれるようになった春。

 

 デコボコしている私たちの能力はまだ未知数だったけれど、とりあえず個性だけは志摩子さんたち先代の薔薇さま方

にも負けていないと思う。

 まだ自覚や経験の面では遠く及ばないしイマイチ頼りない三薔薇だけれど、自然体だった先代の志摩子さん、祐巳さ

ま、由乃さまがうまくやっていらしたように、等身大の私たちだからこそ築ける山百合会っていうのもあるはずである。

 いつも傍らにいてくれた志摩子さんと離れ離れになってしまったのは、ちょっと寂しいけれど、泣き言なんて口にしたら

志摩子さんに笑われちゃう。それに、私はひとりじゃない。私の傍には、この冬に妹になってくれた○○もいるし、両脇に

は親友の瞳子が、そして菜々がいてくれる。

 多少頼りなくても、みんな私の大切な仲間たち。仮にスマートにはいかなくても気の置けないこのメンバーとならば、

きっとうまくやっていける。そんな気がした。

 

(拝啓、藤堂志摩子さま。お姉さま方が守ってきた山百合会、今年は私たちがしっかりと守っていきますから安心してね)

 ここからは見えなかったけれど、思い出の染井吉野の木のある方を見やって、私は心の中でそっと呟いた。1番大好き

で1番大切な人の顔を思い浮かべながら。

 

「ねえ、会議の前にみんなで桜見に行かない?」

 春うらら。穏やかで花見日和な午後だった。   

 

fin

 

 完全創作の、乃梨子たちが薔薇さまになった未来の山百合会のお話でした。

 『妹オーディション』の劇中で「私は瞳子のことが好きだから涙が出るんだ」と言って涙を流した乃梨子の姿にすごく胸を

打たれまして、このふたりには将来、蓉子・聖・江利子のように気取らない間柄になって欲しいという思いを込めて、今回

のようなお話(act.01:はじまり、act.02:その後という構成で)を書いてみました。あまりにも自己満足で偏った想いを込め

て書いたので、原作と照らし合わせてご覧いただくと、違和感のカタマリみたいなお話だったと思います。

 特に、親しい人間の前でだけ顔を出す瞳子の「瞳子」という一人称、乃梨子のことを愛称のリコで呼ぶ等の設定は、思

いっきり私の理想を反映させすぎていて、へんな方向へ暴走しすぎだったかもしれません。ふたりの信頼関係を象徴す

るファクターとして、今回1番書きたかった部分なので、個人的には満足しているわけなんですが(笑)。

 ちょっと菜々が蚊帳の外的な扱いだったので、いずれは未来の三薔薇でお話を書ければと思います。

 

 企画のページでちょっとだけお知らせしましたように、クリスマスの時期に白薔薇ファミリーの話を書く予定です。詳細

は未定ですが、先々代(聖のお姉さま)から乃梨子までを一堂に会させて何かをさせちゃおうかと。

 

 それと、お題お正月のSSリクエスト企画もこっそり開催中です。よろしければ投票お願い致します。

 

 

  

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