『マリア祭の狂言と贈り物/春うらら 拝啓、藤堂志摩子さま』

 

■act.01:マリア祭の狂言と贈り物

 

 春爛漫。うららかな始まりの季節。

 今日は、年に1度のマリア祭ということで、ここリリアン女学園はいつもとは一風変わった独特なムードと活気に満ち溢

れていた。

 そんな中、私たち新入生はお聖堂へ集められ、薔薇さま方から入学祝いのおメダイをいただける山百合会主催の歓

迎会に参加。厳粛なムードの中で会が行なわれていたわけなんだけれど……。

 

「お待ちください! その人は、白薔薇さまからおメダイをいただく資格などありません!」

 最中、進行を妨げるように通路へ飛び出してきた瞳子の絶叫で会は中断された。

 彼女の掲げた手には、先ほど私の鞄からなくなった志摩子さんの数珠が握られており、歓迎会は一転して、その持ち

主を巡っての詮議の場と化してしまった。マリア様の御前で行なわれる、まるで宗教裁判のように。

 

「それは、確かに私が持ってきたものです……」

 瞳子の証言で、詮議の対象は私、二条乃梨子になった。人の鞄から数珠を抜き取った瞳子の行為は許されたもので

はなかったけれど、志摩子さんの秘密を守ることで精一杯だった今の私には、瞳子の暴挙を指摘する心の余裕などな

かった。

「何とか言いなさい、乃梨子さん」

 薔薇さま方の口撃が厳しさを増すと、さすがに私も返答に困ってしまった。自分ひとりならば、いくらでもうそぶいてこの

焦眉を脱することも出来たのだけれど、今回は私の双肩に志摩子さんの進退がかかっている。大好きなあの人のため

に、ここで軽はずみな発言をするわけにはいかない。

「さっきまでの元気は、もうおしまいなの?」

 挑発的で容赦のない薔薇さま方の追及。山百合会だかなんだか知らないけれど、ふたりともただの生徒会長なわけで

しょ。生徒の代表だからって、そこまで偉いの?威張っていいわけ?

「もう、およしになって。その数珠の持ち主は私です」

「志摩子さん!」

 何も言い返せずにうつむいて聖堂の床を見つめていると、そんな私に見かねて志摩子さんが割って入ってきた。

 瞬間、頭が真っ白になった。失望と落胆。意気消沈して、無意識に涙が溢れてくる。私は膝から崩れ落ちて床に座り込

んでしまった。

「せっかく庇ってくれたのに、ごめんなさい」

 抱き合った志摩子さんのぬくもりが、余計に胸を締め付けてくる。すべてが終わった。大好きな志摩子さんとも今日限

りでお別れだ。

 

 刹那……。

 

「美しい姉妹愛を見せてくれた、志摩子と乃梨子に盛大な拍手を!」

「え?」

 

 数珠を巡って巻き起こった宗教裁判。これら一連の騒動は、薔薇さま方と瞳子によって仕組まれた狂言。志摩子さん

が抱えている悩みを取り除いてあげようと企てられた大掛かりなお芝居だったのだ。

 そうとは気がつかずにいた私と志摩子さんは、いつしか物語のヒロインに仕立て上げられて、まんまとはめられてし

まったわけだ。

 

 結果として志摩子さんの悩みは解消されて、リリアンから立ち去る心配はなくなったわけだけれど。そうとわかっても、

今まで騙されていたと知ると、安堵する反面、無性に腹が立ってくる。

 特に、実行犯であるにも関わらず悪びれた様子もなくニコやかに微笑んでいる瞳子、あんたって子は! 私と志摩子さ

んを欺くために険悪なムードを漂わせるわ、嫌がらせはするわ、あまつさえ盗みの真似事までするわ。本気であんたと

のことを気に病んでた私の気持ちをどうしてくれる!!

「このお芝居を成功させるために、乃梨子さんには危機感を持ってもらいたかったのよね」

「危機感?」

 下駄箱から靴を抜き出して、足拭きマットの上に揃えて置いておいたこととか、上履きにおっきなクリップを入れておい

たことを言っているのか瞳子は? まあ、嫌がらせには変わりないけれど、あんな子供の悪戯レベルじゃ危機感どころ

かへこみもしないんだけれど。というか、今時の小学生だってもっと過激な嫌がらせをするだろうに。まったく、へんなとこ

ろでお人よしと言うか、お嬢さまと言うか……。

「私に本気で危機感を抱かせたかったら、例えお芝居でも、もっと本気で嫌がらせしなさいよ」

 いや、そこは怒るポイントじゃないんだけれどね。

「あら、瞳子はいつだって本気でしてよ?」

 私の言葉に瞳子は、至って真面目な顔で小首を傾げてみせた。うーん、純粋さが成させるワザなのだろうけれど、今

はそんな瞳子の純粋っぷり1つ1つが腹立たしいというか鬱陶しく思えてならない。

「本気ならさ、下駄箱から抜き出した私の靴を塀の外へ投げ捨てたり、上履きには大量の画鋲を仕込んだりしなきゃ」

 刹那、瞳子の表情が見る見ると変わっていき、にわかに顔色も青ざめていた。

「まあ、なんて恐ろしい」

 虫も殺せませんって顔をして「信じられませんわ」なんて口走っている。そんな人間が、私の鞄を平気な顔で漁って、あ

まつさえ中に入っていた巾着袋を盗み出してしまうのだから始末におえない。マリア様、ここに不心得者がいますよ! 

いくらマリア様でも、盗みの真似事をした人間は擁護のしようがあるまい。なんて考えつつ、睨むように瞳子を見ていた

ら、

「乃梨子さんったら、過激なことお考えになるのね。紅薔薇さま、瞳子怖い」

 ぬわぁに猫なで声出して紅薔薇さまの腕に絡み付いてんだこのヤマシが!

「私は、人の物を平気で盗む瞳子の方が、よっぽど怖いと思うよ」

 頭に来たので、私も負けじと言ってやった。

「あれは友情のためにやむなくやったにすぎません。ですから、きっとマリア様もお許しになってくださいますわ」

 古今東西どこの国に、友情のためなら、窃盗をしても許されるという法律があるというのか。もしかしたら、私がしらな

いだけで聖書にはそんな記述があるのか? ならば、ぜひとも教えていただきたいものだ。

「そうだ。乃梨子さんに瞳子からのちゅ・う・こ・く」

「何よ」

 そんな私の怒りの炎に油を注ぐように瞳子は得意顔で言った。

「大切な物が入っているときは、鞄の鍵をきっちり閉めましょう。乃梨子さんって意外にボーっとしているから、見ようと

思ったら、いつでも鞄の中を見ることが出来るわよ」

 ぱちりと愛嬌まじりにウインク1つ。同時に、私の中でぷちんと何かが切れた。

「薔薇のお姉さま方、瞳子お役に立ったでしょう? 褒めてくださーい!」

 紅薔薇さまの方へ振り向いた瞳子の腕を、私はむんずと乱暴に掴んだ。

「瞳子! あんた、その前に謝れよっ!!」

「きゃ、乃梨子さん怖ーい」

「ええーい、だまらっしゃい! 宗教裁判の後は、閻魔様の詮議の時間だよっ!」

 逃げるように駆け出す瞳子、それを追う私。ふたりの追いかけっこを見つめて穏やかに微笑んでいる志摩子さん、呆

れ果てて頭を押さえている紅薔薇さま、カラカラと笑いながら手を叩いている黄薔薇さま。そして、呆然として事の成り行

きを見守っているつぼみのおふたりと、その他大勢の新入生諸子。

「待てよ瞳子っ! はしたないぞ!」

「追いかけっこに、はしたないも何もありませんわよ」

 キャッキャと騒ぎながら逃げまわる瞳子に緊張感などなかった。それがいっそう私の怒りを加速させたのは事実だった

のだけれど……。

「待てってば」

 追いかけまわしている私の顔にもいつしか笑みが浮かんでいた。瞳子に対して怒り心頭なはずなのに、なぜか楽しくて

しかたがない。

 志摩子さんの問題が解決した安堵感のせいか。それとも、今までみたいに上辺だけでなく、本音で瞳子とぶつかってい

ることが嬉しかったのか。なんにせよ、以前よりも格段に狭まった瞳子との距離感がすごく心地良く思えたのは確かだっ

た。

 瞳子は面倒くさくて困ったヤツだけれど、悪い人間ではないし、けしてキライな人種ではない。それに、この子と親友

(悪友の方がお似合いか)になれば、ある意味で異邦人の私でも刺激的で充実した3年間がおくれるような気がする。

 

 マリア様の導きかどうかなんて敬虔なクリスチャンではない私にはわからなかったけれど、こんな贈り物が用意されて

いるのならば宗教裁判も悪くないかな。いや、あんな思いをしたからこその贈り物なのかな。

 ともかく、大掛かりな狂言を経て私は大切な人と、ついでにかけがえのない親友(今はまだ候補)を手に入れることが

出来たのだった。

「待て瞳子!」

「へへーん、ですわ」

 私の伸ばした手をスルリとかわして、瞳子はベーと舌を出した。

 

 将来、私たちが山百合会を引っ張っていく薔薇さまになるだなんてことは、私はもちろん、瞳子だってまだ思ってもいな

かっただろう。でも、今はそんなことどうだっていい。今は、目の前の困ったちゃんと戯れているこの瞬間がひたすらに嬉

しくて楽しかったから。

 これからやって来る未来のことなんて、そのときが来たら考えればいいんだ。だって、無駄に考え込むことをやめたら、

こんなに素敵なことが起ったんだもの。

(そうだよね、志摩子さん)

 ふいに足を止めて大切な人を顧みると、穏やかな表情をした志摩子さんが柔らかい笑みを湛えて、私たちの戯れを見

守っていた。

 

 いつもよりマリア様を身近に感じられたこの日。

 ようやく、私のリリアンでの学園生活が幕を開けた気がした。

 

『act.02:春うらら 拝啓、藤堂志摩子さま』につづく

 

 

 オリジナル展開の『マリア祭の宗教裁判』でした。

 長沢智さん版『チェリーブロッサム』発売記念(?)で書き始めたのですが、仕事の忙しさにかまけていたら書き上がる

のがおそろしく遅れてしまいました。待っていてくださった皆さん、ゴメンナサイ&お待たせ致しました。

 

 原作の『マリア祭の〜』は、乃梨子の志摩子さんへの想いが描かれていましたので、今回は瞳子ちゃんに対する気持

ち(想い)をメインに据えた後日談。ふたりが無二の親友になる第一歩を踏み出した的なお話にしてみました。

 

 

 

novel topact.02

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