『深淵』

 

私はレジーナ。キングジコチューの娘。

 

パパのために働くのがアタシの使命。

 

パパの役に立つのがアタシの悦び。

 

プリキュアはパパの敵。

 

パパの邪魔をする敵はアタシにとっても敵。

 

目障り。忌むべき存在。

 

だから倒す。

 

アタシの、パパの邪魔が出来なくなるくらい完膚なきまでに倒す。

 

私たちの邪魔は絶対に許さない。

 

プリキュアは許さない……。

 

「なのに、どうして?」

 

キュアハートのことを考えると、相田マナのことを想うと胸の奥がムズムズする。

 

忌むべき存在であるはずなのに、どうしていいのかわからなくなる……。

 

「あなたはアタシのなんなの?」

 ボンヤリとした記憶の中で、こちらに微笑みかけている少女、相田マナ。言わずと知れたキュアハート。だが、それ以

上のことが思い出せない。

 父であるキングジコチューは敵であると言うが、敵意を向けようとすると必ず雑念が混じって殺意が削がれてしまうの

だ。

「なんでいつもアタシのことを苦しめるの? アタシが敵だから? キングジコチューの娘だから?」

 答えが見えない自問自答に頭は混乱。それでも答えを求めてもがき続けたが、必死になって記憶の扉をこじ開けて

も、求める答えの断片すら見えてこない。

 寸でのところで答えに手が届かないもどかしさでレジーナは気が狂いそうになった。

「もう、なんでアタシのことこんなに苦しめるのよ? お願いだから何か言ってよっ!!」

 必死に叫んでも、ぼんやりと記憶の中に棲みついているマナの幻影は静かに微笑んでいるだけで何も語ってはくれな

かった。 

「なんで無視するの? アタシはレジーナなのよ!?」

  疎外感、孤独感、恐怖感が一挙に襲ってくるような不安に駆られたレジーナは、髪を乱暴に掻き毟りながら、悲鳴に

も似た絶叫を上げた。そして大声を張り上げつつ両耳を塞ぐと、身を小さく丸めて床にうずくまった。

「あなたは敵なの? 友達なの? わからない。どうしたらいいのかわからない。胸がドキドキする。頭が張り裂けそうに

なる。プリキュアは敵? マナも敵? 殺すの? 殺されるの?……わからない。怖いよ。誰か、助けてよ……」

 嗚咽を上げながらガタガタと震える身体を細い腕でギュッと抱きしめる。すると、次第に意識が遠のいていき 全身が

深い闇の中へと溶け込んでいくような錯覚に駆られた。

「頭が真っ白になってく……。アタシ死ぬの? ……ま、いいか。このまま苦しむより、その方が楽だろうし……」

 考えることにも泣くことにも疲れ果て、すっかり自暴自棄になっていたレジーナは瞳を閉じて静かに身体を床に横たえ

た。すると、今まで全身に渦巻いていたあらゆる不安が身体の外へ流れ出たような気持ちになり、心身ともにフッと軽く

なった。

 刹那、

"レジーナ"

「っ!?」

 どこからともなく自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、レジーナはハッとして目を見開いた。

 頭がボンヤリしていて状況がうまく理解出来なかったが、上体を起こすと、今自分が天幕の掛かったベットの中にいる

ことがわかった。

「夢?」 

 ゆっくりと立ち上がり、目をゴシゴシと擦りながら周囲を見回す。

「さっきの場所でもないし、アタシの部屋……でもない……」

 そこは、ただ広いだけの殺風景な部屋だった。自分が目覚めたベット以外に目ぼしいものは見当たらない。

 四方を囲っている壁はすべて鏡ばりで、部屋と呼ぶにも怪しい空間。照らす明かりはなく、周囲は薄暗い。耳鳴りがす

るほどの静寂とひんやりと湿った空気が漂っていた。

「なんか、寒い……な」

 寒さに肩をすくめながらレジーナは、物寂しい気分を紛らわせるように鏡ばりの壁へと歩み寄り、まっすぐ鏡と向き合う

と映る自分の姿を無言で見つめた。

「……」

 鏡の中には虚ろな目でまっすぐと見つめ返してくる自分の姿があった。眉をひそめると鏡の中のレジーナも眉をひそ

め、不機嫌そうに口元を歪めると鏡の中でも同じように不機嫌そうに口元を歪めた。

「不愉快になるくらいブサイクな顔。ちょっとは楽しそうな顔をしたらどうなの?」

 鏡の中の自分に毒ずくが当然反応が返ってくるはずはない。自分の言うとおりにならない鏡の中の自分に腹が立つ。

わかりきっていたことだが、それが無性にシャクに触った。

「笑えっていってるのよ。ほら笑いなさいよ! マナと一緒にいたときみたいに!!」

 鏡に詰め寄って声を荒げた瞬間、レジーナは自分の発した言葉にハッとした。

「マナ……また、……またあなたなの……相田マナ……」

 先ほどまでの不安で気持ちの悪い気分がよみがえってきた。あらゆる感情が濁流の如く心の隙間へと流れ込んでくる

ような気がして、レジーナは一気に気分が悪くなってしまった。

 気がつくと、鏡の中にいたはずの自分がマナの姿になっていた。しかも正面のみならず、四方すべての鏡にマナは映

し出されており、静かな笑みを浮かべて一斉にこちらを見つめている。

「なんなのっ!?」

 自分を包囲するが如く四方を囲むマナへ視線を巡らすと、一斉にマナが語りかけてきそうな錯覚に囚われて、気が変

になりそうになった。

「もう限界。なんなのよ……そんな目で見ないでよ……見ないでよ。……そんな目でアタシを見るなーーっ!!」

 四方から突き刺すように注がれている視線(の錯覚)に絶えかね、鬼の形相で絶叫すると、レジーナは正面の鏡に映

るマナの"幻影"に向けてグッと固めた拳を力任せに打ち付けた。

 ビシィ……。

 鈍い音が響き、鏡全体に亀裂が走る。やがて、破片で切れた拳から鮮血が溢れ出し、鏡面に映っているマナをぬらり

とマダラに染め上げた。

 血に染まっても尚、ひび割れた鏡の奥からマナはレジーナのことをにこやかに見つめていた。

「っ!!」

 ジンジンと疼く拳へ力を込め、更に鏡面へと押し込む。すると、メリっという嫌な音をたてて"マナ"は四散。砕けた破片

となってレジーナの足元へバラバラと散らばった。同時に、四方の鏡に映っていたマナの姿もフッと消え去った。

「はあ、はあ、はあ」

 ゆっくりと拳を引くと、指に突き刺さっていた破片がパラリと落ちる。興奮しているせいか痛みはそれほど感じなかった

が、傷口が燃えるように熱い。

「もう、何が何だかわからない。……でも、1つだけはっきりしたことがある。どうやらアタシはあなたの、マナの笑顔が大

嫌いみたい。だって、あなたの笑顔を見ると気持ち悪くなっちゃうんだもの……」

 血が滲む傷口をペロリと舐めると、不愉快な血の味が口いっぱいに広がった。それに眉をひそめると、レジーナは鏡

片のまじった唾をぺっと吐き捨てた。

「マナのことは気になる。でも、マナの笑顔は大嫌い。アタシがアタシでなくなっちゃうような気がするから……。だから、

マナの笑顔を消しに行く。笑顔が消えればアタシの苦痛もなくなるはずだから」

 その瞳には無慈悲で交戦的な鈍い光が閃き、口元は不気味に歪んでいた。

「うん、決めた。それが正解じゃないかもしれないけれど、何もしないで考え込んでいるよりもずっとマシ。このままじゃ、

マナの幻に振りまわされ続けながらおかしくなっちゃうもの」

 決意の表情でひとり頷いていると、

"それでいいの?"

 一瞬、そんな声が聞こえた気がした。

 マナの笑顔が脳裏に浮かんで頭の奥がズキリと痛んだ。

 「黙れ!! アタシにめーれーするな! アタシはレジーナ。……もう誰にも惑わされたりしない!!」

 頭が割れそうなほどの頭痛に表情は歪んだが、ギッと唇を噛みると下腹部に力を込め、レジーナは静かに歩き出し

た。

「待っててマナ。今逢いに行くから……」

 

 

 

  

 一時退場してから39話で復帰するまでの間に、レジーナが直面したであろう苦悩を妄想。マナと出逢った事で人の優し

さやあたたかさを知ったレジーナが、苦悩しつつも闇に翻弄されていく様を趣味全開の妄想を暴走させて書いてみまし

た。

 

 

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