『六花のニガーイ処方箋』
「ねえ、ちょっと」 「はい?」 本屋へ向かう私を呼び止める声に嫌な予感満点で振り返ると、 「あ、あなたは」 まさに予感的中というか。出来れば会いたくなかった少女が、勝気な笑顔を湛えて立っていた。 「レジーナ!!」 ちょっと前からマナに付きまとっている少女だった。 マナには以前から熱狂的ファンがいたりいなかったりするので、付きまとわれる程度なら日常茶飯事だったりするのだ けれど(それもちょっと問題か…)、今回はちょっと事情が複雑。というのも実はこの子、トランプ王国を壊滅に追い込ん だキングジコチューの娘なのだ。 敵の親玉の娘に好かれてしまうとは、マナの魅力はなんてワールドワイドなんだろう。親友の私、六花としては喜ばしい ことではあるけれど、相手が親玉の娘では、さすがに胸中複雑である。 「ちょっと聞きたいことがあるの」 仁王立ちでこちらを見下すような目つき。威風堂々威圧感満点の佇まいは、さすが親玉の娘って感じ。 見た目でレジーナの人となりを判断する気はないのだけれど、この子の立ち振る舞いが、私はあまり好きになれな かった。 「聞きたいことって?」 歓迎していませんオーラを出しつつ訝しげに見つめていると、レジーナはそんなオーラなど見えませんと言わんばかり に、私の目の前までズンズンと近寄ってきた。 「マナはどこにいるの? アタシ、マナと遊ぶために来たんだけど」 満面の笑顔が私の目の前で輝いている。 やっぱり、そうきたか。まあ、それ以外にこの子が私たちのまわりをうろつく理由なんてないだろうから、ある程度の予 想はしていたんだけどね。 「遊ぶって……。あなた、まだそんなこと言っているの? いい加減諦めたらどう?」 「イーヤ。アタシはぜーったいマナと友達になるの。っていうか、あなたには関係ないことなんだから偉そうにめーれーし ないでよね!」 プウと不機嫌そうに頬を膨らませてそっぽを向くレジーナ。威圧感を漂わせているくせに、仕草だけみたら小学生低学 年と大差ないんだよね、この子ったら。 「関係なくないわよ。マナは私の親友なんだから。あなたの方こそ、マナに迷惑をかけているのをわかっていて友達にな るとか言っているわけ?」 「は?」 私の言葉に急に表情を険しくさせると、レジーナは更に半歩踏み込んできて、目と鼻の先で私のことを睨みつけてき た。だけど、私もマナを悩ませている張本人相手に引く気なんてこれっぽっちもない。グッとお腹に力を込めると、負けて たまるかと言わんばかりに踏ん張って、まさにレジーナと頭を付き合わせた。 「マナに迷惑をかけてる? アタシが? バカバカしい。そんなわけないじゃない。あなたね、いい加減なこと言っていると ヒドイ目に合わせちゃうわよ?」 「そういう横柄な態度が、あの子を悩ませる原因なのよ。あなた、自覚はないの?」 まあ、自覚がないからやっているのだろうけれど、それでマナが振り回されているわけだから、マナと長い付き合いの 私としては腹が立つわけだ。 「おーへー? あなた、何意味のわからないこと言ってるの? もっとわかりやすく言いなさいよ」 「意味がわからないって……」 「あ、もしかしたら、アタシにマナを取られるのがイヤで、わざと難しいこと言って意地悪してるんじゃない? あなた、意 地悪そうな顔してるし、そうなんでしょ!」 「なっ!?」 自分から言葉の意味を理解しようと努力しない上、言うに事欠いて私が意地悪!? 出来る限り冷静に対応していた私 も、さすがに冷静さのストッパーが外れそうになった。 「でも、ざーんねん。いくらあなたが意地悪言ったって、アタシは諦めないもん。マナはアタシだけと仲良くする友達になる んだから。そうしたら、マナもきっと意地悪なあなたのことなんか、すぐに忘れちゃうんだから。ゴミみたいにポイポーイっ てね」 「っ!」 バチッ…… 一瞬、脳裏にマナの笑顔が浮かび、私の中で何かが弾け飛ぶ音がした。 「……。ちょっと、なんのつもり?」 気がついたら、鬼の形相でレジーナの胸倉を掴んでいた。はしたないとは思ったけれど、もう自制の箍が弾け飛んでし まって、自分では止められそうにない。 「…を、……ぁま……るな……」 「え? 聞こえないわよ意地悪さん」 「私の親友を、私のマナを見縊るなよ! この自己中!!!!」 「な、何よ、急に凄んじゃって」 私の語気に押されたのか、勝気に笑んでいたレジーナが半歩後ずさった。 「レジーナ、知った風な顔をしてマナのこと友達友達言っているけど、マナのこと全然わかっていないあなたなんかに、あ の子の友達になる資格なんて、これっぽっちもないわ」 語尾を荒げて怒鳴りつけるように言うと、レジーナは胸倉を掴んでいる私の手を強引に振りほどき、眉間にシワを寄せ て睨みつけてきた。 「あなたは知らないでしょうけど、マナは頑張りやで無鉄砲でちょっぴり泣き虫で……。……あなたには理解出来ないで しょうけれど、マナは……バカでホント向こう見ずで……でも、すごくすごく思いやりがあって、友達を見捨てるようなマネ は絶対にしない優しい子で……マナは、マナは……」 「そんなの私だってわかって…」 「いいえ、あなたはマナのこと、全然わかっていない!」 食い気味に発せられた私の絶叫が、レジーナの反論をかき消した。 「誰かのため、必死になって手を差し伸べる。例えそれで自分が傷ついてしまう結果になっても、差し伸ばした手を引こう とはしない。自分に好意を持ってくれた人を見捨てようとしない。マナは、そういう子なのよ。だから……」 押し黙ったまま、こちらを見つめているレジーナの瞳の奥を睨みつけたまま私は言葉を続けた。 「だから、横柄な態度を取っているあなたにもマナは手を差し伸べたのよ。あなたの中にピュアなハートがあると思った から。今は敵同士だけれど、きっといつかは理解し合える親友になれるって思ったから、敵であるあなたに手を差し伸ば したのよ。それを、そんなマナの気持ちを理解しようとしないあなたは、表面だけ友人面してマナを悩ませて……」 「……黙れ…」 「レジーナ?」 「黙れ黙れ黙れーっ!! 何よ、また意地悪なこと言って! 要するにアタシとマナを友達にしたくないんでしょ? アタシの ことキライなんでしょ? だったらキライって言えばいいじゃない!! 気に食わないってはっきり言えばいいじゃない!」 「レジーナ!!!!」 「うるさい!! そんなにアタシが邪魔なら、マナに近づけたくなければ力ずくで消しちゃえばいいじゃない。プリキュアになっ てアタシの存在を消しちゃえばいいじゃない!!!! もう、バカーーーーっ!!!!」 レジーナの中でも確実に"何か"が弾け飛んだようだ。完全にヒステリーを起こしてしまったレジーナは、私の声に耳を 貸そうともせず、大声でわめき散らした。 まるで駄々っ子。こうなると、もう手の付けようがない。 「落ち着きなさいっ!」 ぱちっ…… 気がつくと、レジーナの頬を張っていた。 一瞬、手を出してしまった自分に嫌悪感を覚えたが、頬を叩かれたショックでレジーナのヒステリーは顔をひそめ、わ めいていた声もピタリと停止。言い方は悪いけれど、結果的に良い結果を招いた。 「な、何よ!」 「……あなたの言うとおり私はあなたのこと好きじゃない。でも、それでも気に食わなければ自分を消せだなんて悲しいこ と言っちゃ駄目よ」 思わず手を出してしまった後悔の念も手伝って、感情が変な方向へ昂ぶっていた。涙こそ流さなかったが、瞳の奥から 熱いものがこみ上げてくるような感覚に苛まれる。私は、まず自分を落ち着かせるため、瞳を閉じて大きな深呼吸を数 回繰り返した。 「…………。確かに私はプリキュアだし、あなたはキングジコチューの娘。敵同士だし、あなたをマナから遠ざける力もな いわけじゃない。けれど、この力は誰かを不幸な目に合わせるためのものじゃない。もしこの力を感情任せで、あなたを 消すために使ったら、自分勝手なあなたたちと一緒になってしまう。マナを苦しめる側に立ってしまう」 「何言ってるの。欲しいものがあったら、力ずくで手に入れるのが当たり前じゃない。気に食わないものがあれば、力ずく で排除するのが当たり前じゃない!」 さも当たり前のような顔で言うレジーナの瞳も潤んでいるように見えた。叩いた私とは逆に、叩かれたショックで感情が 昂ぶって、興奮状態になったのかもしれない。 「当たり前なわけないじゃない。誰かを傷つけてまで手に入れていいものなんてこの世にはないし、努力しないで手に入 れたものには1円の値打ちもない。確かに乱暴な人もいないわけじゃないけれど、そんな人の真似をしたら、少なくてもマ ナを悲しませることになるわ。乱暴な解決は1番マナが嫌う手段だから」 「もしかしてアタシが乱暴だって言いたいの?」 語気の荒いレジーナに無言で頷くと、私は努めて静かに続けた。 「ええ。自分の思い通りにならないことにイライラして言葉より先に手を出してしまうことは、相手を傷つけてしまうことはと ても乱暴なことよ。レジーナ、あなただって言葉を喋れる種族よね。だったら、生まれた世界や種族が違っても、会話で 意思の疎通が出来るはずでしょ。相手のことを尊重して歩み寄れば、相手を理解して思いやることも出来るはずで しょ?」 レジーナは下唇を噛みしめて押し黙ったまま、私の話を聞いていた。 「さっきも言ったけれど、自分の欲求だけをマナに押し付けて友達面しているあなたに、私はまだ好意を持てそうにない。 あの子の気持ちがわからないのなら、あなたにマナの友達になる資格はないと思っている。けれど」 「何?」 「マナがあなたを信じるというのならば、友達になろうというのであれば、私もあなたを理解するための努力をする。親友 としてマナの考えを尊重したいと思っているし、そうすることが親友として私がやるべきことだと思うから」 「……」 「ねえ、レジーナ。 自分勝手で乱暴で、どこか危なっかしいあなたのことを、マナは放っておけないのよ。必死になって 助けようとしてくれているのよ。自分のことを好いてくれているあなたのことを友達として、ね」 「友達として……」 「そう。迷惑しかかけていないあなたのことを、友達として思ってくれているのよ」 「マナ……」 「だから、あなたが真剣にマナと向き合うというのならば、私はあなたを応援する。でも、自分の欲求だけを押し付けて、 今後もマナの優しさを土足で踏みにじるようなことしかしないのなら、私はあなたをマナから遠ざけることに全力を尽く す。あなたのことで気を病むマナが可愛そうだから」 マナに好意を持っているレジーナに向かって、マナから遠ざけると言う宣言は、"消える"と同じくらいの重みがある言 葉だったと思う。 さすがのレジーナも神妙な面持ちで考え込んでいた。 ちょっと言いすぎたかなとも思ったが、マナのお節介ぷりはイヤというほど見てきているし、それで自らを傷つけてしまう マナもこれでもかというほど見てきている。それが彼女の望んだ結果だとしても、私はこれ以上誰かのために傷ついてし まうマナの姿を出来れば見たくない。 (……マナの考えを尊重するとかさんざん奇麗事を並べておきながら、結果的に私も自分の望みを押し付けている自己 中よね。こんなんじゃレジーナにお説教する資格なんてないかもしれないな……) 自分の中に自己中の欠片を見つけて、嘆息していると、 「また難しいこと言って意地悪するのね。プリキュアなのに、お前は意地悪だ……」 レジーナが呟くように言った。それは私を批難するものだったけれど、消え入りそうな声からは、先ほどまでの突き刺さ るような語気は感じられなかった。 「意地悪で結構よ。でも、それは大切な人を守るため。そして、あなたにマナともっと真剣に向き合って欲しいから。私も あなたのことを友達として認められるようになりたいから」 「……」 「お喋りが過ぎちゃったわ。じゃあ、もう行くわね」 レジーナに言いたかったことはあらかた言えたように思える。私が言ったことのどれ程を理解してくれたのか計り知るこ とは出来なかったけれど、これ以上この場で伝えたい言葉は見つからない。 表情をチラリとうかがい、あとはこの子次第ねときびすを返すと、私はレジーナに背を向けた。 刹那、 「ねえ」 「何?」 なんとなく呼び止められることを私は予感していた。いや、期待していたのかもしれない。 背後から投げかけられた声に立ち止まって肩越しに振り返ると、そこには下唇を噛みしめ、顔を強張らせてこちらを じっと見つめているレジーナの姿があった。ギュッと握られた両の拳が小刻みに震えていた。 「マナを悲しませないようにするには、どうすればいいの?」 来た! 要領は良くないけれど、私の言ったことを少しは理解してくれたみたい。歩みは小さいけれど、とりあえず一歩 は前進した、かも? 「……。まずは、自分勝手な言動をしないように心がける」 「具体的にどうしたらいいの?」 「え、そこからなの!? まあ、キングジコチューの娘だし、わからなくて当然か……」 助けを求めるような眼差しはどこか弱々しい。もう好戦的なオーラはなかった。 「レジーナ」 「ん?」 「今からちょっと時間あるかしら?」 「時間? あるけど、何で?」 小首を傾げると、怪訝そうに私の顔をのぞき込んできた。この姿だけを見ていると、無邪気ないい子なんだけどね。 「それじゃ、ちょっと私に付き合わない?」 「アタシにめーれーするの?」 刹那、にわかにレジーナの表情が険しくなった。 「命令じゃないわ。誘っているの。都合が悪かったら断ってもいいわ」 「誘い? ……何をする気?」 「一緒にカフェでお喋り。ほら、あそこのアイスクリーム、あなた好きでしょ?」 「え、アイス!? …………。騙そうとしてない?」 アイスという言葉に、一瞬表情がパッと明るくなったが、すぐに身構えて警戒モードになるレジーナ。まるで臆病な小動 物みたい。 「してないわよ。私に人を騙して喜ぶ趣味はないし。それに、そんなことしたらマナに嫌われちゃうわ」 「そう、なんだ。……じゃあ信じる。……行ってもいいわ」 「うん。じゃあ決まりね」 私が手を差し出すと、レジーナは躊躇いがちにその手をギュッと握り返してきた。プニプニしていて柔らかい手の感触。 当たり前だけれど、レジーナも普通の女の子と変わりはないんだと実感した。 「それじゃ、行きましょ」 手を引いて歩き出そうとしたときだった。 「……どうしたの?」 「んーー。今、ちょっと胸の奥がキュンってした。何なのかなコレ……?」 繋いだ手をギュッと握り返しながら、レジーナは自分の胸を押さえて不思議そうな顔をした。 「え」 まさに予想外の展開。戸惑い顔でそんなこと言われたおかげで、私はメチャクチャドキドキしてしまった。っていうか、急 に素直で可愛らしい一面を見せるのは反則よレジーナ!! 「こほんっ!」 心の動揺を必死に隠すように、私は盛大にわざとらしい咳払いをした。 「?」 「そ、そうだ。カフェへ行く前に1つお願いがあるんだけれど」 「何?」 「私には六花っていうちゃんとした名前があるの。だから、今度から私のことを呼ぶときはお前じゃなくて六花って呼んで ね」 「リッカ。……わかった、意地悪リッカ」 「ちょっ、意地悪は余計よ!」 「だって、さっき意地悪で結構って言ったじゃない」 「あれは、そういう意味じゃなくって……。もうっ」
忌むべき敵、キングジコチューの娘だから手放しで信用することには抵抗があるけれど、時折見せる純粋な眼差しは 信じていいような気がする。きっとマナも、そんなレジーナの純粋な部分に惹かれたのだろう。今ならレジーナを信じたマ ナの気持ち、私にも理解出来るような気がする。 「ねえ、リッカ」 しばらく行くと、隣を歩くレジーナに出し抜けに声をかけられた。 「その……、あのさ。リッカも…、アタシの友達になる?」 「え」 レジーナは確かに敵だ。この子と仲良くすることに間違いなくまこぴーは猛反対するだろう。でも、気持ちが通じ合えば レジーナがトランプ王国とキングジコチューとの橋渡しになって、平和的解決なんて道もあり得ない話ではない。 それが実現するかどうかはわからなかったけれど、可能性があるのならば私も信じることからはじめてみよう。 「ねえ、リッカ?」 不安そうな表情で返事を急かされたので、私はレジーナの頬を指で軽くつつきながら、 「さあ、どうしよっかなー」 わざと意地悪く笑んで見せた。 「むぅ、やっぱりリッカは意地悪だ」 そう言ってレジーナはそっぽを向いてしまった。けれど、繋いだ手を離すことはなかったので、私は返事の代わりに繋 いだ手をギュッと力強く握り返した。
ドキドキ!プリキュアから、六花とレジーナのお話でした。 最初は、マナ×レジで甘〜いお話を考えていたんですけれど、そんなお話を書いた日には、マナひとすじの六花に真っ 赤な顔をして怒られてしまいそうだったので、六花がわがままなレジーナを諭す(?)お話に仕上げてみました。結果、レ ジーナが六花にも好意を持ってしまうという趣味丸出しの展開になってしまいましたけど、趣味を吐き出せたので個人的 には満足しちゃってます(笑 かげながらマナを支えている六花の姿に胸がキュンキュンしちゃっているので(笑)、機会があれば気合を入れてマナ と六花のラブラブ話なんかも書いてみたいです。 天真爛漫真っ向勝負のレジーナも大好き。マナ、六花、レジーナ、みんなが幸せになっちゃう三角関係っていうのも面 白いかもしれませんね。 ともかく、今後もマリみてと並行してプリキュアシリーズでも書いていきたいと思いますので、シチュエーション案、希望 カップリング等がありましたら拍手等で聞かせてください。
最後に。 Lilian/stay night?停滞しまくりでゴメンナサイです。展開が牛歩なんだから、本来は他の作品に手を出している場 合じゃないんですけれど、中盤へ向かう展開でちょっと行き詰ってしまいまして。。。 現在、薔薇の館以降の展開の見直し、加筆修正をしています。8月中には再開の見込み(?)ですので、引き続き長ー い目でお付き合いください。目指せ、年内中の争奪戦突入!?
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