『不器用な男の素直な激励』

 

 男子バスケットボール・インターハイ神奈川県予選第2回戦の試合会場へ向かう道すがらの出来事。

「おい、ミッチー」

 一緒に会場を目指していた桜木花道は不意に足を止めると、しかめっ面で通りの向こう側にあるコンビニを指差した。

「ああ?」

 つられて三井がそちらを見やると、コンビニの駐車場に大型バイクに跨ったタンクトップ姿の男が佇んでいた。無造作

に伸ばされた長髪、筋肉質でガッチリした両腕。背中向きだったが、三井にはそれが誰だかすぐにわかった。

「アイツは……」

「んにゃろ。待ち伏せして、またちょっかい出す気じゃないだろうな!?」

 いきり立つ桜木は今にも走り出そうな勢いで男を睨みつけた。それを三井は腕をかざして制した。

「落ち着け桜木。アイツはオレのダチだ」

「ダチ? 体育館で暴れたヤツだろ?」

 両者の脳裏に、先日の湘北高校バスケ部襲撃事件の映像がフラッシュバックした。どちらにとっても、思い出したくもな

い出来事である。

「確かにそんときもいたけどな」

 遠い眼をしてそう呟くと、三井はおもむろに一歩踏み出した。

「おい、ミッチー!」

「ちょっと挨拶してくる。お前は先行ってな」

「挨拶って」

「心配すんなって。安西先生に誓って、もう問題を起こしたりはしない」

 心配してくれる花道の気持ちはありがたかったが、三井にはあの男と会ってどうしても伝えたいことがあった。花道を

伴って行ってもかまわなかったのだが、瞬間湯沸かし器のコイツが付いて来ては、こじれない話もこじれまくってしまう可

能性が高い。

 三井は、多少強引に背中を押すと、まだ不満顔の花道を先へ行かせ、単身でコンビニを目指した。

 

「よお」

 駐車場に着くと、三井は男の背中に声をかけた。すると、太い首がゆっくりと回り、男は不機嫌そうな顔で三井を睨み

つけてきた。

「なんだ三井じゃねーか。そんな髪型してっから誰かと思ったぜ」

「そりゃ悪かったな」

 言うと、短髪の頭を掻いて見せる。バスケ部へ復帰するときに、ロン毛をバッサリと切り落とし、すっきりとした短髪にし

ていたのだ。

「だが、悪くねえ。そっちの方が似合ってるぜ」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる男。不良時代、三井とつるんでいた鉄男だった。

「鉄男、この間はサンキューな。おかげで助かった」

 不良グループを抜け、湘北バスケ部へ復帰した三井に復讐すべく襲ってきた竜と鬼藤から身体を張って守ってくれた

のが、この鉄男だった。鉄男のおかげで先日の復讐劇は不良同士の喧嘩として処理され、三井、いや湘北のインター

ハイ予選への参加は立ち消えずに済んだのだ。

「礼を言われる筋合いはねーよ。オレはアイツらがムカついたからボコっただけだからな」

「そうか」

 ぶっきら棒に言う鉄男。本当に不器用なヤツだ。鉄男の性格を知っていた三井は、それ以上続けなかった。

「健全なスポーツマンのお前が気にする話じゃない」

 鉄男は握っていた缶コーヒーを三井に放って寄こした。いかつい見た目に似合わずベリースィートなカフェオレだ。

「サンキュー」

 缶を受け取った三井がプルトップを開けていると、鉄男は革パンのポケットをまさぐってタバコを取り出した。カフェオレ

の礼に火でも点けてやりたいところだが、ライターは持ち合わせていない。

「さっき向こうの歩道を歩いていった赤毛、オレのことすんげー顔で睨んでたな。あれ、確かお前の仲間だろ?」

「ああ、桜木のことか。すまんな。お前のこと少し誤解してるみたいなんだ」

「別に気にしちゃいねーよ。あれだけ学校で大騒ぎしたんだ。当然のことだ」

 言いつつタバコの煙を空に向かって吹き出すと、無精髭を蓄えた顎を掻いた。もともとサバサバした性格だ。本当に気

にはしていないのだろう。

「今日はこれから練習か?」

 ジャージにスポーツバッグを背負った三井の出で立ちを一瞥して鉄男が尋ねた。

「ん、ああ。これからインターハイ県予選の2回戦だ」

「それじゃ、オレなんかと呑気にだべってる場合じゃねーだろ。さっさと行けよ」

 言いながら、鉄男は投げ捨てた吸殻をライダーブーツで揉み消した。両切りのショートタバコとは言え、吸うのが異様に

早いなと、ヘンなところで感心してしまう。

「良かったら試合、観に来いよ」

 そんな鉄男を見ていて魔でも差したのか。三井はそんなことを口走った。

「スポーツ観戦ねえ。柄じゃねーな」

 失笑気味に漏らす。確かに、観客スタンドに踏ん反りかえって観戦している鉄男がいたら、ちょっと威圧感がありすぎ

て、一般のバスケファンが怯えてしまうか。鉄男としてもヘタに騒ぎになるのは本意ではないだろうし、三井はこれ以上し

つこく誘うのをやめた。

「じゃあ、今度教えてやるよ。面白いぜ、バスケ」

「ま、機会があればな」

 自分でも何故だかわからなかったが、三井は何故かこの男と自分が大好きなバスケの楽しさを共有したくなっていた。

 不良からスポーツマン。あまりにもギャップの大きい環境の変化がセンチメンタルな気分にさせていたのだろうか。い

や、三井は、つるんでいた悪友としてではなく、人間として一本筋の通った鉄男という男に惚れ込んでいたのだ。自分で

も気付かないうちに鉄男を親友として認めていたのだ。

「なあ鉄男」

「ああ?」

「お前のおかげでバスケの世界に戻ってくることが出来た。本当に感謝している」

「けっ、いい子ぶりやがって。何か悪いもんでも食ったんじゃねーか? 虫唾が走るぜ」

 急に真剣な表情になった三井に対して、鉄男は文字通り吐き捨てるように言った。

「確かにらしくねーかもな。でも、心底そう思っている」

「誰のおかげでもねーよ。お前が自分で決めて自分から戻って行っただけ。ただそれだけの話だ」

「だが……」

「あー、うぜぇ。それ以上続けたらお前でもぶん殴っぞ」

「な、人が真剣に話しているっていうのに!」

 あまりの拒みっぷりに感謝の気持ちまでもが否定されたような気分になり、三井は食って掛かりそうな勢いで鉄男に

迫った。熱くなるあまり、すっかり試合直前ということを失念してしまっている。

「鉄男、だいたいお前ってヤツは……」

 勢い任せで言いかけたときだった。街道を走ってきたバイクの一団の爆音が三井の言葉を豪快にかき消した。

「おっと、ダチが迎えに来た。講釈はここまでだ」

 それを横目に、くわえたばかりのタバコを投げ捨てると、鉄男はバイクのイグニッションキーを回した。途端、広くはない

駐車場にエンジンの爆音が鳴り響く。

「おい、話はまだ終わってないぞ」

「悪いがお前のご高説に預かってる暇はないんでね。今度、時間のあるときにでも聞いてやるよ」

 後ろ手に手を振ると、マシンを旋回させて車道へと向かう鉄男。そんな悪友の後姿を不満顔で見送っていると、

「三井」

 振り返った鉄男から出し抜けに声をかけられた。

「何だ?」

 ぶっきら棒に答える三井。

「面倒くせー御託は抜きにして、お前はオレの夢なんだ。だから、夢見た夢がオレみたいなヤツでも裏切らないってこと

を証明して見せてくれよ」

「鉄男……」

「そんだけだ。じゃーな。期待してるぜバスケットマン」

 まっすぐに見つめながらそれだけ言い残すと、今度こそ鉄男は仲間と合流し、爆音を上げて走り去っていった。

「鉄男のヤツ、勝手なこと言いやがって」

 そう言う三井の口元には笑みが浮かんでいた。

「オレはオレの夢のために全力を尽くすだけだ。だが、お前がオレを夢だと言ってくれるのなら、お前の魂も一緒に夢の

舞台へ連れて行ってやる。夢の叶う瞬間をめんたまひん剥いて見ていやがれ」

 走り去った方へ拳を突き出して、三井は力強く宣言した。その表情はどこか嬉しそうで、勝気に満ちていた。

 

「三井!?」

 ふいにかけられた声に振り返ると、そこにはチームメイトの姿があった。

「ん? ああ、木暮か」

「何か買い物か?」

 オレもだよとサンドイッチの入ったコンビニ袋を掲げて笑う木暮。

「まあそんなトコだ」

 言葉短く答えると、三井は缶コーヒーの残りを一気に呷った。

「いよいよ2回戦。今日も頼むぞ」

「おう。オレの、いや、オレたちの目標は全国。こんなとこで負けてらんねーからな」

 少なくてもオレを観ているヤツがひとりはいる。観られている以上、無様な姿なんて見せられない。

「さて、行くか」

 放った空き缶は放物線を描いて、4メートル先のゴミ箱へ吸い込まれていった。

 

 

 

 出し抜けに、スラムダンクのSSでした。しばらくマリみてのSSが続いていましたので、気分転換も兼ねて。

 

 三井と鉄男の友情関係が気に入っておりまして、いずれ描きたいなとずっと思っておりました。完全に趣味の世界ですけれど、いかがだったでしょう?

 

 スラムダンクも大好きな作品なので、いずれまたSSを書くかもしれません。本命の牧さん×信長あたりで(笑)。需要があるかどうかは謎ですけれど。。。

 

 

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